118.面倒な奴隷商
昼前の王都。
俺はリリシアと一緒に奴隷商へとやってきた。
リリシアの身分を無条件奴隷から解放するため。
大きな三階建ての洋館。
中へ入って従業員に奴隷商人サイモンに会いたいと伝えると、すぐに応接間へと案内された。
応接間と言っても二十人は入れそうな広さがあり、ふかふかの絨毯にソファー、大理石のテーブル。花瓶や彫刻なども華美な豪華さにあふれていた。
俺とリリシアはソファーに並んで座ってお茶を飲んでいると、痩せた初老の男サイモンが入ってきた。
テーブルの向かいに座る。
「ようこそお越しくださいました、アレク様。今日はどういった御用で?」
「リリシアの奴隷契約を解除したい」
「ふむ。売却ではなく、無条件奴隷の身分から解放なさるというわけですか?」
「そうだ。できるか?」
俺の問いかけに、サイモンは顎を撫でつつ顔をしかめた。
「できなくはないですが、少々難しゅうございます」
「なんでだ? 金を払えばいいんじゃないのか?」
「無条件奴隷は犯罪奴隷も含みますので、解除が難しくなっております。基本的に解除できる場合は冤罪だったとか、詐欺の被害者だったとか、不可抗力的な理由がある場合のみです」
「リリシアは普通に借金を背負っただけなんだから、金さえ払えば解決しそうなもんだが……」
俺は横に座るリリシアを見た。
リリシアの眉が泣きそうに下がっている。
「うぅ……申し訳ありません、ご主人様」
「いやいや、責めてるわけじゃない……サイモン、何か問題があるのか?」
「はい、リリシアさんの場合、少しややこしいです。現金収入がなく、返す当てがないのに借りすぎてしまった問題。あとはリリシアさんは教会の名を落としたと言う部分も、解除に厳しい理由ですね」
「名を落とした?」
「孤児院は教会からの支援で運営されております。それなのに経営に失敗しましたので、教会の権威に泥を塗ったと言いますか」
「なるほど? それは支援が足りなかったからじゃないのか?」
俺の疑問にリリシアがふるふると首を振った。銀髪が儚く揺れる。
「違います、ご主人様。わたくしが悪いのです……10人前後と言われていたのに30人以上保護してしまって、それで運営が赤字に……」
「うう~ん。優しすぎた罪か」
「あの頃は子供を守れという使命しか思い出せなかったので、手当たり次第に……この子かもしれないと思うと、どうしても見捨てられなかったのです」
申し訳なさそうに言うリリシア。すみれ色の瞳が悲しげにうるんでいた。
俺は力強く頷く。
「問題ない。優しいリリシアが俺は好きだ――じゃあ、サイモン。多少強引でも無条件奴隷を解除してもらえないか?」
「教会が関係しておりますので、ブレーブ大司教に一筆書いてもらうか、教会と同程度の権力者に口添え貰うか、ですね」
「国王か……できるっちゃーできるんだが……うーん」
今のままで頼みに行ったら、確実に勇者を再度やるはめになる。若返ってるし。
――でも、もう嫌だ。30年やったんだ。余生はリリシアと二人でゆるゆると過ごしたい。
だったら、交渉に使える材料を手に入れてから頼みに行きたい。
サイモンがかしこまって言う。
「一度無条件奴隷に堕ちたものは、決められた期間を奴隷として過ごすことが一番楽な解放となっております。解除には精いっぱい努力いたしますが、ダメだった場合はご了承ください」
「なるほど……でも、俺は16年も待てない。今すぐリリシアと対等な立場になりたい。そして結婚したい」
サイモンがリリシアに目を向けた。どことなく目尻が嬉しそうに緩んでいる。
「ははあ……リリシアさんはよいご主人に買われたようですな」
「ええ、私にとってご主人様は運命の人でした」
リリシアが心底嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
サイモンが目尻にしわを寄せて頷く。
「わかりました。アレク様の方でも口添えしてくれそうな有力者を探しておいてください。勇者だったので誰かしら協力してくれる人がいるかもしれません」
「うーん、探してみるよ――ああ、そうそう。安い無条件奴隷はいたりするか? 計算ができる程度の」
俺はふと思いついて尋ねた。
サイモンが少し首をかしげて言う。
「どのようなご用途でしょう?」
「店番を任せたい。計算ができることは必須で、乱暴者に対処できる強さがあったら、なおいいな」
「でしたらネフィルさんはいかがでしょう? 前にも一度お会いしました盗賊です」
「んー、あいつか……」
スレンダーな体型ながら妖艶な雰囲気を持つ女盗賊。魅惑的だったのが気にかかるが……。
すると、服をついついと引っ張られた。
目を向けるとリリシアが指でつまんで引っ張っていた。
すみれ色の瞳が「彼女はダメです」と訴えている。なぜか悲しそうだ。
ネフィルは嫌らしい。
「あの女は能力は高そうだし、その分値段も張るだろう。他にはいないのか?」
「他には……安さという点では、農村から売られてきた少年と、薬代が払えなかったおじいさんがいますが……二人とも計算が少しおぼつかないかと」
「それは困るな……」
「ああ、他に。条件奴隷で少し面白い子供がいます」
「面白い?」
「ええ、まだ面接しただけで契約するかどうかは保留中なのですが、なんでも勇者になりたいそうで」
「憧れてるだけじゃないのか?」
「一応、聖波気を秘めてはいます。微弱ですが」
まあ、勇者になればいろいろ特典が付くから、聖波気を持っていたらなりたがるのはわからなくもない。
――でも、いろいろとめんどくさそうだ。
「勇者になるなら奴隷商経由じゃなくて、国に願い出ればいいだろう。ていうか、勇者になりたいならなおさら店番には使えない」
「ですよねぇ……うちは無条件奴隷でも優秀な人が多いので、店番だけで使うのは能力が過剰かもしれません」
「そうかぁ。……まあ、無条件奴隷が一人は欲しいから、安くていいのがあったら知らせてくれ」
「承知いたしました。予算はいかほどで?」
「足元見るつもりだな。まあ、いいけどな、世話になってるし――まあ最高でも300万以下ってところだ」
「承りました」
俺の言葉にサイモンが頭を下げる。
俺はソファーを立ち上がった。リリシアも立つ。
「じゃあ、よろしく頼む」
「またのご利用をお待ちしています」
サイモンも立ち上がって深くお辞儀をする。
それから俺とリリシアは奴隷商の館を後にした。
◇ ◇ ◇
王都の裏通りを歩いて店へと向かう。昼を過ぎたため、混雑した定食屋から賑やかな声や音が響いていた。
隣を歩くリリシアがなぜか申し訳なさそうに言う。
「ご主人様、あまり無理をなさらずに。ご主人様の足を引っ張るようなことになっては心苦しいです。期間が過ぎるまで今のままでも、わたくしは問題ありません」
俺を見上げるたれ目がちの瞳が苦しそうに揺れていた。
そんな彼女の思いやりに、俺は頬笑みを返す。
「俺一人で生きていくなら安宿でよかった」
「え?」
「橋の下で暮らしても良かった」
「そんな……ご主人様は――」
突然の話にリリシアは戸惑っていた。
俺は笑みを絶やさず話し続ける。
「でもマリウスに裏切られて誰も信用できなくなって奴隷を買った。そしたら世界で一番美しい俺の天使だった」
「ますたぁ……」
「それでも最初のうちは完全には信頼できなかった。――でも今は違う。リリシアがいたから頑張れた。だからこそリリシアに幸せになってほしい。できることなら、俺がリリシアを幸せにしたい」
「十分幸せですよぉ……ますたぁ……」
「ありがとな。でも知っていてほしいんだ。今はもう、リリシアになら裏切られても受け入れられると思ってる。俺を裏切ることでリリシアが幸せになるなら、その方がいい……それぐらい、俺は、リリシアを大切にしたいし、不自由のない暮らしをして欲しいし……幸せを願ってる」
「ますたぁ――っ!」
リリシアが横から抱き着いてきた。俺の胸に顔をぐりぐりと押し当てる。
銀髪がふわりと揺れていた。
「こんなに可愛いリリシアと対等になりたいのは当然だろう? 口添えしてもらえる方法を探すぞ」
「はいっ、ご主人様! ――全力でサポートしますっ」
「ありがとうな、リリシア。さあ、帰って俺たちも昼飯を食おう」
俺とリリシアはぴったりと寄り添って石畳の道を歩いて帰った。
その道すがら、ソフィシアは教会関係者だから頼めば口添えしてもらえるんじゃないかと思い当たった。
ブクマと★評価、ありがとうございます! やる気が出ますっ!
次話は明日更新。
→119.ソフィシアの提言




