116.いじける氷魔銀狼(フェンリル)
屋敷の庭が朝日に照らされている。
ペガサスのミレーヌと子馬シエルが畑の葉っぱや草を食べている。
ユニコーンは泉の水を飲んでいた。小さなアルミラージのスピカはリンゴの木の枝で赤い実をかじっている。
そのほか、ホワイトうり坊も何匹か来ていた。前見た時より大きくなっている。
そのうちホワイトボアに進化するのかもしれない。
俺とリリシアは庭に出た。
「……ん? あのでかい体躯をしたフェンリルがいないぞ?」
「おかしいですね? どうしたんでしょう?」
「聞いてみるか」
俺は屋敷の入り口からまっすぐ延びる小道を歩いて畑へ入った。
そして草を食べるミレーヌに話しかける。
「ちょっといいか、ミレーヌ」
「あら、おはようございます、アレクさんリリシアさん。どうかされました?」
「フェンリルの姿が見えないんだが、どこか行ったかわかるか?」
「ああ、あの方ね。――あちらで落ち込んでいますわ」
ミレーヌが白い片翼を広げて、庭の隅を示した。
そこには岩を積み重ねて小屋のようになった岩屋がある。
一見、何も変わらないように見えた。
しかし、よく見ると岩屋の入り口が白い布で覆われていた。
いや、ゆっくりと膨らんでは縮んでいる。
小屋いっぱいにフェンリルがまん丸に詰まっていた。
――猫かよ。
俺は傍にいるミレーヌに訪ねる。
「落ち込むって、何があったんだ?」
「どうやらテティちゃんとケンカしてしまったみたいね。あの人、あれで偉そうだから。――長生きしたって、みんな子供とたいして違わないのに」
「そうか。ありがとう。ちょっと話してみるよ」
「はい。あとちゃんとご飯食べるように言っておいてくださいね。昨日の夜食べなかったはずだから」
「わかった」「ありがとうございます、ミレーヌさん」
ミレーヌの発言は、みんなのママのようだなと思いつつ、リリシアを連れて岩屋へと向かった。
◇ ◇ ◇
森の敷地の周りに人が来ているということで、俺はフェンリルに守ってもらおうと思った。
朝の日差しが降る屋敷の庭。
庭の片隅にある岩でできた部屋――岩屋まできた。
岩屋の中に白い毛に覆われた大きなオオカミが寝ている。
傍まで行って話しかけた。
「フェンリル、ちょっといいか?」
「たくさんよくない」
すねたような声で即答してくるフェンリル。
俺は呆れつつ、溜息を吐いた。
リリシアが横から慈しむような声で尋ねる。
「フェンリルさん、どうかされましたか?」
「むぅ……」
「言いたくないなら、言わなくても構いませんが……テティちゃんが一番信頼しているのはご主人様ですよ?」
リリシアの発言に、ぐぬぬっとフェンリルが唸った。
そして岩屋からぬるりと出てくると、地面に寝転がったまま顔を俺に向けた。
大きな瞳が困ったように潤んでいる。
「頼む。長との仲を取り持ってくれないだろうか?」
「別に構わないが、何があったかわからないと無理だろう?」
「うむ……確かに。実は……」
フェンリルが、ぐでっと寝ころんだまま語り出した。
何でも、テティは次期『長』なのだから、それ相応の態度を取れとフェンリルは言ったらしい。
俺にも首を垂れるなと、対等、むしろ立場は上だと諭したらしい。
するとテティは反発して、こんな感じで言ったそうだ。
『あのさぁ? アタシが一番だからアレクさまに従う必要はないって言うけどさぁ? アレクさまはアタシの恩人なのよ?』
『我が仕えるのは一辺の曇りなき長。長たる振る舞いをしなければ』
『じゃあ聞くけど。あんたアタシが拷問されて死にかけてるとき、どこで何やってたの? 助けてくれたのはアレクさまなんだけど?』
『ぐ……』
『何もせずに後から来てアレクさまを批判するなんて、ゴブリンでもできることでしょ!? えっらそーに! ――もう、あんたとは口を利きたくないっ!』
そう言ってテティは愛想をつかして一言も話さなくなったらしい。
フェンリルが大きな体で地面をごろごろ転がる。普段の威厳がまったく感じられない。
「我はどうすればいいのだ……」
「まあ実際、テティから見ればお前はなんの役にも立ってないもんな。俺の方が百倍助けてるだろう」
「ぐ――っ!」
「だったら俺とテティの役に立てばいい」
「な、何をすればいいのだ?」
「屋敷の周囲に人が探りに来ているらしい。そこで、近辺にいる狼を統率して屋敷や聖域を警備してほしい。ただ殺しはするなよ? 聖獣が人に危害を加えるようなことは避けたい」
「それで長の機嫌は治るか?」
「俺の役に立ったのなら、テティは喜ぶだろう」
俺の言葉にリリシアも頷いた。
「テティちゃんはここでの生活を愛しています。聖域を守るのであれば、きっと考え直してくれますわ」
「わかった。狼を率いて周辺を守ればいいのだな? たやすい御用だ」
フェンリルは起き上がって軽く伸びをした。凛々しい巨体がしなり、銀毛がふわっと風になびく。
そして駆け出すと、空中に氷の足場を作りつつ森の上を駆けて行った。
その背を見送りつつ、息を吐いた。
「――よし。これで問題は一つ解決したな」
「はいっ、さすがですわご主人様」
「次は、ドワーフ領――の前に、奴隷契約の解除方法と、ぷちエリか」
「冒険者ギルドにも寄って依頼を見ておきましょう」
「あ、そう言えばウルフ討伐って出てた気がするな。全滅させられる前に間に合えばいいが」
「大規模討伐になったかどうか、調べてみましょう」
俺とリリシアは頷きあって、町へ行くために屋敷へ戻った。
ブクマと★評価ありがとうございます!
次話は明日か明後日更新。




