114.閑話 コウの想い出・後編
ダンジョンコアになったアタシは初戦闘に勝利後、クラン【ゴブリンエンプレス】に所属した。
そしてクランとしても防衛を成功させた。
みんなで祝杯を挙げて騒いだ。
ダンジョンコアになって一番楽しい瞬間だった。
――ところが。
気が付くとダンジョンが真っ赤だった。
「なんでです!? 敵襲!?」
いったいどこから!?
遠くから来ると時間がかかる。
警報が鳴る前に気が付けるはずだった。
クランチャットに姫の悲鳴がこだまする。
「ひどい、ずるいわ! どうしてっ! ――仲間だって、信じてたのにっ!」
――裏切り!?
とっさにアタシは地図を見た。
そして息をのんだ。
大峡谷ダンジョンは消えていた。
代わりに山脈ダンジョンが、2000万パワーを超えていた。
姫のダンジョンが猛烈な勢いでパワーを減らしていく。
「ああっ、いやっ! 助けてっ! 誰か助けてっ!」
「今助け――」
アタシはすぐに援軍を出そうとした。
しかしそれより早く地下4階の部屋に通路が強制接続された。
のっそりと姿を現す無数の大きな影。
アタシは叫んだ。
「ゴーレム――ッ!」
人型をした巨人。
人型と言ってもこん棒のような手と太い足が大きな体を支えている。武骨な人型。
――きっと、材料を掘り出しても吸収せずに隠していたに違いないです!
すぐに手下モンスターを呼び戻した。
また、最下層を守備させていたジャイアントとオークソルジャーを地下四階へ向かわせる。
狼たちは素晴らしい速さでゴブリンたちを背に乗せて地下四階へと来た。
「姫、ごめんです! こっちにも来てて、助けにいけぬです!」
「――私、嫌だっ! こんなところで終わりたくないっ! ――いやぁッ!」
ガゴンッと悲しい金属音が響いた。そしてクランチャットに断末魔が響いた。
地図を見ると王都東の丘ダンジョンの表示が消えていた。
「ああっ――! 間に合わなかったです……っ」
絶望が押し寄せて意思が砕けそうになる。
というより、これほどたくさんのゴーレムを抱えていたことが信じられなかった。
――でもなぜこのタイミングで裏切ったのかが、わかってしまった。
――ゴーレムは強いです。
無機物の材料が一種類なので簡単に作れる上に、攻撃力も防御力も高いです。
ただし材料を大量に必要とするです。
ティア1の土、ティア2の石、ティア3の岩までならどこでも運営できるですが、ティア4からのアイアンゴーレムは鉱山スタートでもなければ運営できぬです。
だから山脈には鉱脈があったことは確実です。
でもなぜ圧倒できる力を持ちながら、クランに参加して虎視眈々と機会を狙っていたか。
一つに近場にいるうちらの戦力を把握することだです。
そして二つ目、大峡谷さんの持っていた自爆ドールを警戒してたです。
ゴーレムが強くても自爆ドールを使われたら粉々になるです。
しかもゴーレムは単純な命令に従うだけ。
自爆ドールとアタシの賢い狼たちをうまく使えば、全滅させることだってできたはずだです。
大峡谷さんが昼の戦いで自爆ドールを大量消費したから、このタイミングでクランを抜けて攻めてきたです。
だから大峡谷さんが一番最初の被害者に――。
そしてティア4を複数持つアタシが最後の獲物。
やはり予想どおり、ティア1のクレイゴーレムはいない。姫のダンジョンはクレイ主体で落とされた。
ティア2のストーンゴーレムか、ティア3のロックゴーレムばかりがアタシのところに攻めてくる。
ゴーレムは続々と押し寄せて広間を抜けて通路へと進んでいく。
地下4階と5階は罠を多く設置していたものの、弓矢や横槍はほとんどダメージを与えられず、落とし穴は一瞬で埋まる。
波のように押し寄せるゴーレムに、つぎつぎとゴブリンや狼がやられていく。
オークソルジャーやジャイアントは怪力に任せて何体もの石や岩のゴーレムを破壊した。
でも壊しても壊してもゴーレムは止まらない。
さらに姫をやっつけてティア3ダンジョンになった山脈は、彼のダンジョンの大本命であるティア4のアイアンゴーレムを作って流してきた。
鉄は強くて硬い。
ついには魔物はすべてゴーレムの海に沈んだ。
それでも狼さんたちは、まだ戦おうとした。
押し寄せるゴーレム相手に、牙をむき、爪をふるう。
でも石は硬い。鉄はもっと硬い。
「きゃうんっ!」「きゃんっ!」
もふもふの毛皮を血で汚して、一体、また一体と狼たちが倒れていく。
彼らの折れた牙が地面に散らばる。
アタシの前まで転がってきた白い牙を、泣きそうな気持で眺めた。
――ダンジョンコアとして生まれて、初めて交流した狼さんたち。
強くてりりしくて、でも素直で賢くて。
もふもふの毛は見てるだけで楽しくて。
育てるのが毎日楽しかった。
一体、また一体と失われていくたびに、心が張り裂けそうに傷んだ。
……ああっ! 無理です、もう無理ですっ! 狼さんじゃ、ゴーレムに勝てぬですっ!
アタシは泣いた。泣いて叫んだ。球体表面が激しく光る。
「逃げてですっ! みんな逃げてです!! 逃げて生き延びるです! ――死んじゃ、やーですっ!」
「くぉんっ!」
ダイアーウルフがアタシを振り返って、悲し気に鳴いた。
そして傷を追いながらも、密集するゴーレムの頭や肩を渡り歩いて出口へと向かった。
何匹かの手下狼も後に続いた。
――生きて、です……っ!
それからはもう一方的だった。
広間に流れ込んできた鉄や石のゴーレムが、アタシをボッコボコにした。
しかも精度が悪いのか、経験不足からか、ゴーレムはとても大雑把な動きしかしなかった。
なのでなかなか殺されない。ぼこぼこに殴られるばかり。
「う……っ、ひどい、です……つら、い……です……」
最後は丸いコア本体を強引に叩き割られて、中にあったコアのコアを粉々に破壊される。
そしてようやく意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
ふいに声が聞こえて目が覚めた。
ぼんやりした意識の中で声を聴く。
「ふむ。魔物の魔核を利用すれば、なんとか壊れたコアの代用はできそうだな」
薄暗い中、誰かがいる。魔力がなくて明かりがない。
声からすると男のようだった。
アタシは今、セーフモードで起動しているだけのようす。
本能的に話しかけていた。
「魔力と材料。欲しし。治る、治りま」
うまく喋れない。
男は言った。
「研究室と通路があればどうでもいい」
拒絶されたように思った。
アタシはまた眠りについた。夢遊病のように動いてる気はした。
◇ ◇ ◇
ある日ある時、目の前がぱっと開けた。
満たされた魔力。豊富な材料。竜の力で応急修理されたコア。
すぐに状況を把握する。
どうやら精密な動きができないゴーレムがコアのコアを粉砕したため、コアの欠片が本体内部に残っていたようだった。
そして誰かが癒しの効果のある魔力を溢れるほどに満たしてくれたうえ、良質なドラゴン系材料を投入してくれた。
おかげで再起動に成功したようだった。
その人はまだ外にいる。アタシが直ったかどうか、同伴者と相談している。
でも不安だった。
――詳しくは覚えていないけど、とても悲しいことがあった気がするです……。
裏切り? 無駄死に?
よくわからないけど、アタシは悲しい想いをしたくないようだった。
一度壊れたせいで、いろいろ忘れてしまったらしい。
ただ記憶になかったけれど、チャットログを調べるとアレクと言う人と会話している。
どうやらアタシを利用したいらしい。
――いやでも、この数値は間違いでねーです……? ティア8相当のSSSランク。60億ぱわーあるですが……。
何度確認しても正しかった。
この人がいれば、とんなダンジョンが攻めてきても守ってもらえる気がした。
チラッと地図を見ると近くに巨大なダンジョンがある。
王都東から山脈、その向こうの大峡谷にまで広がるダンジョン。
それを見たとき、なぜか焦燥感と共に憤りを覚えた。
――きっとアタシは、こいつにやられたです!
アタシのコアの残りも持ってるです!
……わかったです! もう一度、この人に賭けてみるですっ!!
うろ覚えの動物系ダンジョンはダメだった気がする。しかも、なんだか悲しい。
――この人をもてなすダンジョンを頑張ってみるです。
意を決して話しかけた。
「大丈夫でございますです。治りましたでございます、ますたー」
それから人が二人、入ってきた。
一人は人間さんの男。
もう一人も人間さんかと思ったけれど、背中に翼が生えていた。
――この天使さんもティア6のSランク、1100万パワーあるです……。強いお二人です?
そしてダンジョンマスターになってもらい、協力していくことになった。
ある日のこと、アレクますたーが何気なく言った。
「名前はコウな」
――名付け、です!
魂が震えた。思わず震える声で喜んでいた。
「わー、ますたー、奥さん、ありがとです! ネームドダンジョン誕生ですっ」
その後はとんとん拍子に話が進んだ。
アタシは巨大ダンジョンをやっつける手伝いをして、自分のコアを取り戻して、記憶も少しずつ戻っていった。
二週間後にはティア6になっていた。
本来なら運営が難しいドラゴン系ダンジョンで、なおかつ森林系フィールドダンジョンも併設できた。
――豪華なダンジョンですっ。
夢のような運営っぷり。
さすがアレクますたーですっ!
あの時、この力があれば守れたのに――あの時って?
ふと、コツコツと通路に足音が響いた。
誰かが近づいてきたので、アタシは思索から意識を戻した。
◇ ◇ ◇
森の地下に広がるダンジョンの地下一階。
奥の広間にいるアタシのところへ、アレクますたーがやってきた。
見た目が若く凛々しくなっている。
「コウ、ちょっといいか?」
「はーい! なんでしょ~、ますたー?」
「リリシアに聞いたんだが、この葉っぱが麻痺毒に効くらしい。畑で量産してポーションに混ぜられるか?」
「これまた素敵でフシギなポーションになるですっ。きっとシブヤの海で泳げるですー!」
アタシは元気よく返事して葉っぱを受け取った。
すぐに種を作って畑に播く。
水を流し、肥料を設定。
ちゅっちゅるちゅっちゅと鼻歌を歌いながら作業をしていく。
するとますたーが不思議そうに首を傾げた。
「どうした、コウ? うれしそうだな? 何かあったか?」
「ううん、なにもねーです? なにごともないから、うれしーですっ」
アレクますたーはますます首を傾げた。黒髪がふわりと流れる。
「うん、そうか。よくわからないがわかった。……よかったな」
「はいですっ」
アレクますたーがうなずくと、アタシから離れつつ言った。
「じゃあ、これからもよろしく頼む」
「はーいですっ!」
アタシは元気な声で返事した。広い広間に明るく響く。
すぐに作業に戻って、ダンジョンが機能しているか見ていく。
フェンリルさんは岩屋の中に入って丸まっていた。狭い岩屋にみっしりと詰まっていて、一目では狼とわからない。
――でもこれじゃ他の人が利用できぬです。
もう一軒、岩屋建てた方がいいです?
そんなとき、ふと思う。
ダンジョンとして運営がうまくいっているのかは、壊れたアタシにはもうわからない。
でも、強いますたーがいて、ダンジョンがあって、もふもふがいて。
――アタシは今、たまらなく幸せだった。
『閑話 コウの想い出・終』
思い付きで描いたけど、ウケが悪かった反省。
書籍の書き下ろし短編はリリシアメインにしたほうがよさそうですね。
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第四章はもうしばらくお待ちを。




