111.すべての終わり、新たな脈動、そして愛の成果(第三章エピローグ)
夕暮れ時の谷に長い影が落ちる。
フォルティス王国の最南端にある『慟哭の大峡谷』。
緩やかな上り坂の谷を塞ぐようにして堅牢な砦が建っていた。
そこに、頑強な馬車が到着する。
警護の兵士が鍵のかかった扉を開けると、馬車からぞろぞろと囚人たちが降りた。
見るからにガラの悪そうな囚人たち。体格は良かった。
彼らは囚人だと言うのに肩を怒らせつつ砦の中へと入って来る。
先頭は裏組織のボスで眼帯をした男、ガドウィンだった。
「くそっ、よりにもよって死の峡谷かよ……あの男、ぜってぇ許さねぇ……」
「へへっ、ボス。隙を見て逃げましょうぜ」
「そうだな。むしろここで手下増やすってのもありだ」
「さすがボス。諦めてないすね」
ぞろぞろと砦内の狭い廊下を歩いて柵のついた部屋へと連れていかされた。
監視員に何十人も入れる大部屋へ案内される。
全員が入ると後ろで柵の鍵が閉められた。監視員は去っていく。
もぞもぞと元からいた囚人たちが身を起こしていく。
ガドウィンは眼帯をしていない方の目で囚人たちを睨んだ。
「お前たち、ちょっと話がある」
「なんだ、新入り?」
不穏な気配を察して囚人たちが全員立ち上がった。
ガドウィンは臆することなく睨み付ける。
「今日から俺がここを仕切らせてもらう……お前らだって聞いたことあるだろ、裏社会のドン、ガドウィンの名前をよ」
「へぇ~、あんたがそうなのかい」
体格のいい髭面の男がニヤニヤ笑いつつ、じわじわと近づいてきた。
周りの男たちもニヤついた笑いを浮かべて近寄って来る。
その不気味な態度に、思わずガドウィンは後退りした。
「な、なにがおかしいんだ、お前ら!」
「なぁに、長旅で疲れただろう? 俺たちが癒してやるって言ってんだよ。ここの流儀でな」
「や、やめろ!」
不気味に手を伸ばしてくる男たちを避けるように後退ったが、背後に背が高くて痩身な男が現れた。
金髪碧眼の男、マリウスだった。
端正だった顔つきは失われ、紅の瞳は死んだ魚のような目をしつつ、こけた頬で笑う。
「ここも、慣れれば、楽しいよ……ふふ、ふふふっ……」
「や、やめろ! 近寄るな――うわぁぁぁ!」
裏社会で生きてきたごろつきどもが次々とねじ伏せられていく。
広間のあちこちで悲鳴が上がった。
マリウスは倒れた男に手を伸ばしつつ暗い笑顔を浮かべる。
「ここは墓場だよ。天国はもうそこさ、ふふふっ」
「うわーっ!」
男たちの熱い歓迎の声はいつまでたっても終わらなかった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
東の果てにある島国、ヤマタ国。
時差の関係で、すでに月の照らす夜となっていた。
その首都キョウにある城の一室は、いまだに明かりがついていた。
ミコトの私室には魔王とゴーブ、そして邪神のスクラシスがいる。
彼らの前にはマネキンがあった。
全身をタイツのような生地で覆いつつ、胸当てと手甲、すね当てがある軽装の鎧が装着されている。
小柄なゴブリン、大魔導ゴーブが少し緊張しながら話す。
「えー、これが改良に改良を加えました最新型の聖波気防御鎧、絶対防御君28号になります」
「ふむ。薄くなったな」
「ずいぶんとすっきりしたじゃない?」
「はい、魔王様、スクラシス様。関節をゴム素材で覆って強化、ミスリルの合金も使用して本体の軽量化にも成功。さらに聖獣の皮だけを使っていたのが、粉にした骨をゴムに混ぜて覆うことで聖波気を防ぐことに成功しました。材料の使用量低下に成功したであります!」
緊張して話すゴーブだったが、声に少し得意げな響きが混じっていた。
魔王は顎を撫でつつニヤリと笑う。
「やるではないか、ゴーブよ。さすが我輩の右腕であるな」
「ははっ、ありがたき幸せ! 量産化に向けて頑張る所存であります!」
ゴーブは嬉しさのあまり、笑顔に涙を浮かべていた。
けれどスクラシスが眉間にしわを寄せる。
「でもさぁ、骨も使えるって言っても、聖獣自体を手に入れるのが難しいんじゃない?」
「それですが、フォルティス王国に聖獣がたくさん住む聖域が新たに認定されたとか! 絶好の狩場かもしれません、魔王様!」
「ほほう! それはうってつけの――ん? フォルティスの王都、だと?」
「ねー、魔王。そこって、アレクが保護したところ……」
スクラシスが困り顔で、魔王の服のすそを指でつまんで引っ張った。
魔王の笑顔が強張り、高笑いが震えた。
「ふは、ふはは……ま、まあ、魔王の策略を事前に防いでくるとは、さすが神の加護を受けた勇者だと褒めておこうか」
「強がり言っちゃって」
スクラシスがジトっとした半目で魔王を見た。
しかし魔王は途惑うことなく、マントをバサッと鳴らして胸を反らした。
「フハハッ! 甘いぞ、スクラシス! 我輩は決して諦めぬ男! 対してアレクは、しょせん戦いしかできぬ愚直な男! ――だが、戦いとは何も正面突破だけではないのだぞっ!」
「な、何ができるって言うのよ?」
「ふふん! 我輩の望みは神との直接対決! ならば神の守護する人間どもを闇に染めてやるのだ! エンターテイメントという堕落の力を使ってな!」
「またそれ……もしそうだとしても、あんた一人じゃ限界があるでしょ」
スクラシスは呆れて肩をすくめた。黒紫の長い髪が艶やかに揺れる。
魔王は強い視線で彼女を見ると、口角を上げて笑ってギザ歯を光らせた。
「貴様のやっていた『人間の手を使ってアレクを追い詰める』、その手法を使わせてもらう! ――名付けて『第1回まおまお小説大賞』開催! 人間どもに男性向け女性向け子供向け大人向けなど、エンタメ小説を幅広く書かせて、同じ人間どもを堕落させる弾数を増やすのだ! 当然、受賞作はメディアミックス前提で売りまくる!」
スクラシスが何か言う前に、ゴーブが笑顔を輝かせて食い気味に叫んだ。
「おお、書き手が増えれば書店の棚を確保できますね! 人気が出た作品はグッズやコラボ商品でさらに儲ける。さすが魔王さまでございます!」
「そうだろう、そうだろう! 我輩のしたたかな戦略に、人間どもは誰一人気付きはしまい! 気付いた時には世の中にエンタメ作品があふれかえり、手遅れになっていることだろう! ふははははっ!」
「その通りでございます、魔王様!!」
ゴーブは涙ながらに魔王を絶賛する。
調子に乗った魔王はブリッジしかねないぐらい胸を反らして笑い続ける。
スクラシスは呆れつつも、くすっと頬笑みを浮かべた。
「まあ、やれるだけやればいいじゃない。……応援してるわよ」
「くくっ、スクラシスも我輩の偉大さにようやく気が付いたようだな、よいぞよいぞ~フハハハハッ!」
ミコトの私室に高笑いが響く。
一方、女と見まがうばかりの美青年ミコトは、廊下にいて私室の前に立っていた。いや、動けずに立ちすくんでいた。
しかし、端正な顔を疲れたように暗くすると、はぁっと物憂げな溜息を吐いて廊下を去っていった。
◇ ◇ ◇
フォルティス王国に夜が訪れる。
王都南東にある森は、静かな月明かりに照らされていた。
俺は屋敷の寝室で、ベッドの端に座っていた。
隣には天使のように美しいリリシアがいる。天使だけど。
俺は勇者をクビになってからの出来事を思い返していた。
――自分の住処を確保して、収入のめども付けて、ついに若返りの薬を手に入れた。
透明な液体の入った瓶が俺の手の中にある。
これが若返りの薬。
当初の目的はすべて達成したんだと思った。
俺はゆっくりと瓶の蓋に手をかけると、リリシアに笑いかけた。
「さて。そろそろ飲むか」
「は、はいっ。ご主人様!」
リリシアが銀髪をはねさせて顔を上げた。
すっと通った鼻筋にすみれ色の瞳。美しく整った顔立ちに、不安と期待が入り混じった表情を浮かべている。
俺は瓶の蓋を取ると、口元に近づけた。
ツンッとした刺激臭が鼻に刺さる。
「ん……大丈夫か、これ?」
「あっ! コーデリアさんが言ってました。飲みにくいけれども一分以内に一滴残さず飲むように、と」
「わかった――行くぞ!」
俺は鼻をつまんで透明な液体を一気にあおった。
舌やのどに刺激が刺さってむせそうになる。
それでも必死で我慢して、すべてを飲み干した。
胃の中に落ちた液体が、燃えるような熱さとともに全身に広がっていく。
思わず口から吐息が洩れる。
「くぅっ! これは、熱い! かなり熱い!」
「だ、大丈夫ですか、ご主人様!?」
リリシアが俺の肩にしなやかな手を回すと、心配そうに眉を下げて優しく抱きしめてきた。
押し当てられる柔らかな曲線が俺を癒す。
両手を握りしめて熱さに耐える。
すると、全身が裏返るような感覚とともに、体が光った。
光は一瞬で消えて、夜の静寂が訪れる。
隣を見ると、リリシアがすみれ色の瞳をまん丸に見開いていた。
「どうだ……? ちゃんと若返れたか?」
「――は、はい! 見てください!」
リリシアが手鏡を見せてくる。
鏡に映る俺の顔は、凛々しく若返っていた。
ほうれい線も、頬のたるみもない。
次に体を確認した。肌には張りが出て、髭やすね毛などの体毛は薄くなっている。逆に髪の毛は太くて黒く、ふさふさになっていた。
また、全身は細身ながらも引き締まっていた。その上、体力が増えたような充実を感じていた。
――全盛期の俺だった。
「声もちょっと若くなってるな」
「今のご主人様も素敵ですっ」
俺は顔を上げてリリシアを見る。
お互いに、自然と微笑みあっていた。
「ありがとうな、リリシア。おかげですべてが手に入ったよ。――傍で支えてくれて本当にありがとう」
「ご主人様……当然のことをしたまでですっ。本当に嬉しいですっ」
俺を見るすみれ色の瞳に、じわっと涙が浮かんだ。
そっと華奢な肩を抱き寄せて、豊かな銀髪に顔をうずめる。
「ありがとう、リリシア」
「ますたぁ……」
リリシアも腕を回して抱き着いてきた。
しばらく無言のまま抱き合う。でも、互いの体温と鼓動が雄弁に想いを伝えあっていた。
それから俺は手を動かすと、マジックバッグからアクセサリーを取り出した。
白と銀色と紫色のアメジストと、透明なダイヤがあしらわれた指輪。
彼女の左手を取って、薬指に指輪をはめた。
はっと息をのんでリリシアが指輪を見つめる。
俺は可愛い形をした耳に口を寄せて、そっとささやく。
「これが俺の今の気持ちだ。俺にはリリシアが必要だし、これからもずっと大切にしたい――好きだ、結婚しよう。リリシア」
「ご主人様ぁっ! 嬉しいですっ、ありがとうございます!」
「ご主人様じゃなくアレクって呼んでくれ」
俺は少し照れながら言った。
しかしリリシアは泣きそうな顔をして首を振る。銀髪が儚く揺れた。
「できません……わたくしはご主人様の、奴隷ですから」
「まさかご主人様と呼ばないと隷属紋から電撃が流れるのか?」
「はい……っ」
悲しげな顔をして俺を見つめるリリシア。
そんな顔をされたら、俺はどうしても俺の名前をリリシアに呼ばせたくなった。
「わかった。次の目標は、リリシアを対等な奥さんにして俺の名前を呼んでもらうことだな」
「ますたぁ……っ」
リリシアは涙を散らして、ぎゅっと抱き着いてきた。
俺は彼女の細い顎に指を当てて上を向かせると、顔を寄せていく。
大きな目を閉じたリリシアの頬が、恥ずかしさからか嬉しさからか、ほのかに赤く染まった。
そしてゆっくりと唇を重ねた。しっとりと湿った、やわらかい唇。
さらに、ちゅくっと舌が熱く絡み合った。喘ぐ吐息が交差する。
キスだけでは気持ちが止まらず、お互いに服を脱がせあった。
その勢いのままベッドに倒れこむ。
すべすべした白い肌や細い鎖骨にキスを降らせると、リリシアが胸を丸く揺らしつつ銀髪を乱して叫んだ。
「ああ――っ! わたくしは今、幸せですっ。ますたぁ――!」
白い翼が感極まったように何度も大きく広がる。
深まる夜の中、白い羽がベッドの上に、喜びを表すかのように舞い続けた。
第一部 第三章が終わりました。大きな一区切りです。
このエピローグ書くのに、とても苦戦しました。
なんとか書き上げられたのも、皆さんの応援のおかげです……感謝っ!
そしてブクマと★評価で応援してくれた皆さん、本当にありがとうございました。
おかげで評価ポイント10万、ブクマ24000になりました。
とても嬉しいです!
第三章終了で少しでも面白かったと思えた方は、下にある★★★★★評価を入れてもらえると作者のやる気が出ます!
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あと、タグに「純愛?いちゃらぶ」を加えて、タイトルに「もう遅い」を足してみました!
それでは、第四章をお楽しみに~。
プロット作ったり、書籍化作業があるので、更新再開には少し時間が欲しいです、すみません。
こまごまとした問題が発生する中、ダンジョンとは何かの核心に触れていくことになると思います。




