110.聖獣パレード
日の傾いた午後。
俺は森の北の端、冒険者たちの利用する道からは少し離れた木陰にいた。
ユニコーンの存在がバレたため、教会が調査に動くよりも先に聖獣パレードをしてしまうことになった。
リリシアがまだ魔女のところから帰ってきていないのは残念だ。
コウの繋いだ通路から、僧侶の正装をしたソフィシアを先頭に聖獣たちが続々と出てくる。
一列に並んで王都を目指す。
ソフィシアの次にペガサスの親子が従い、その後ろにユニコーン。彼の背中にはアルミラージが乗っている。
続いてホワイトボアが荷車を引き、荷台にはホワイトうり坊たちが乗っている。
彼らは小さいので、地面を歩くと迷子になる恐れがあったからだ。
最後をフェンリルが歩き、その背に聖白竜のラーナが乗っている。
「きゃいっきゃい!」
ラーナは見た目が神獣っぽくないので、角とメイク、それに大きな張りぼての翼を付けて竜人っぽくした。
そんな行列で一時間ほど歩いて、西の空が赤く染まるころ。
王都を囲む街壁の東門まで来た。
途中、すれ違った行商人や冒険者たちは、一様にぎょっとしていた。
東門では王国騎士団に迎えられる。
たくましい体つきながら目に知的な光を宿した男、副団長のミルフォードが俺を見て苦笑する。
「森に聖獣の集まる場所があるそうだがアレクが見つけたのか。勇者を辞めたとたん、派手に活躍するようになったじゃないか」
「勘違いしないでくれ。俺は好きなように生きてるだけだ」
ミルフォードは鼻で笑うと、俺の後ろにいる聖獣たちに目をやる。
「その結果がこれか。陛下が気にかけるわけだ。さすがアレク」
「なにがさすがなのかはわからんが、それよりこいつらの警備を頼むぞ」
「任せておけ」
ミルフォードは頼もしい笑みを浮かべると、部下を引き連れて足早に王都へと入っていく。
俺たちは正装したソフィシアの後に従って、王都に入った。
東西を貫く広い石畳の大通りを歩いていく。道を遮るものはいない。
道の両側には点々と、警備に徹する騎士たちの姿が見える。
街の人たちは道の両脇に控えて、大通りの中央を開けてくれていたのだった。
そして人々が聖獣たちの姿に驚愕する。
「なんて美しい……」「ペガサスもユニコーンも初めて見たよ!」「あっちはホワイトファングか!? マジでけぇ!」
人々は僧衣を揺らして歩くソフィシアに目を見張る。
「あの人、確か大司教序列一の……」「なんて可憐な女性だ……」「はぁ~、美人だねぇ」
胸を張って歩くソフィシアはまんざらでもない様子で頬笑みを浮かべていた。
ただ、付き添いのつもりで来た俺にまで声が飛んだ。
「あれ、元勇者のアレクさんじゃないか?」「間違いないよ。さすがアレクさんだねぇ」「きっと聖獣たちを助けたのもアレクさんだよ」「遺品配ってくれるぐらい、いい人だしな」「さすが勇者だぜ!」
なんだか遺品を配った俺のことが噂になっていた。
――気まぐれでやったことなのにな。
やっぱり、人々の想いのこもった遺品は、他人に任せるより自分が配ったほうがよかったのだろう。
なんとなく頬が火照る感じがして、俺は俯いて歩いた。
人々の声援は容赦なく、俺たち一向に降り注いだ。
◇ ◇ ◇
王城に着くと、騎士に案内されて中庭へ向かう。
白砂の敷き詰められた庭。
庭を見下ろす二階のバルコニーに、王様と偉そうな老人が立っていた。老人は厚手の僧衣を着ている。大司教らしい。
あと宮廷魔術師長のおじいさんと、その隣にはニヤッと笑うマッキーベルがいた。
中庭の周囲にもちらほらと貴族や高官の姿が見える。気になって見に来たらしい。
俺とソフィシアが先頭になり、後ろに聖獣たちが思い思いに並んだ。
バルコニーの上から見ていた王様が、柔和な顔付きで聖獣たちを見渡す。
「うむ。よくぞきた、聖獣の方々よ。この目で見ると、詩人の歌で伝えられる想像に勝る美しさであるな。皆のもの、楽な姿勢で過ごされよ――そして」
王様が俺を見た。
俺は一歩前に出て声を上げる。
「王様。今日はお願いがあって来ました」
「何なりと申すがよい、アレクよ」
「この聖獣たちは王都南東の森に最近住み始めました。この僧侶ソフィシアの導きによって」
「ほんとうかね、ソフィシアとやら」
ソフィシアは短めの青い髪をサラッと揺らして頷く。
「はい、陛下。森に神聖な力の溜まる場所があったのです。そこを住みよくしたところ、大勢の聖獣様たちが訪れるようになったのです」
ソフィシアが優しい目をペガサスに向けた。
ミレーヌは背中の白い翼をバサッと広げて頭を下げる。優雅な挨拶に見えた。
「人間の王様、初めまして。ペガサスのミレーヌと言いますわ。彼らの言う通り、とても住みよい場所があったので滞在させていただきました。……これからも森の奥で暮らしてよろしいでしょうか?」
「私からもお願いします。魔物にあふれていた南東の森が、動物しかいない浄化された森になりましたのも、ひとえに聖獣様たちのお力だと思います……王都の安全のためにも、どうかご一考を」
ソフィシアが深々と頭を下げた。青い髪が垂れる。
アルミラージが「お願い、お願い!」と、ぺこぺこと小さく頭を下げた。
ラーナは元気な笑顔で「きゅい!」と鳴いた。
中庭を見守っていた人々が「しゃべった!」「すごいわ!」などと驚いていた。
王様は目を細めて微笑むと、うむっと大きくうなずいた。
「魔物を退けた聖なる力。それをもたらすきっかけとなった僧侶ソフィシアを聖女に列しよう。さらに、ただ南東の森もしくは妖魔の森と呼ばれていた場所を、セントソフィの森として聖域に認定しようではないか――よろしいかな、リメディウム大司教よ」
「まっことめでたいですな! 聖なる加護を取り入れて、この国はますます発展いたしますでしょう。これで教皇の鼻を明か――げふん、げふん! ……いやはや、フォルティス王国に神の栄光と繁栄あれ!」
胸にかかるぐらい長い顎髭を揺らして、分厚い服を着た大司教の老人が手を上げて祈りをささげた。
ソフィシアも膝を折って祈りをささげる。
俺は手を上げて王様に言った。
「王様。聖域の認定範囲は森の奥深くだけでお願いします」
「おや、アレクよ。どうしてじゃ? 全域でもよいではないか」
「それは薬草採りや狩りをする人々が生活に困りますので。森の手前や真ん中ぐらいまでは自由に人が入り、奥だけは囲いを作って聖獣たちの住処としたいです」
「なるほど。全域を指定すると民のためにならぬか。あいわかった。森の奥だけにしよう」
「ありがとうございます、王様」
「さすがアレクであるな。勇者を辞めても人々のことをよく考えておる、まこと素晴らしい」
「あ、ありがとうございます」
にこやかにほほ笑む王様の目が「聖女を認定したついでにアレクを勇者に再認定したい」と訴えていたので、俺はそうそうに立ち去ることにした。
その後は、ソフィシアに聖女の杖を与える簡易な儀式や、聖獣代表としてミレーヌがお礼を述べるなど、平和的に事態は進行した。
聖域はソフィシアと俺が管理することになった。
もっと近くで見たかったらしい王様が中庭に降りてきて、騎士団長に警護されつつ聖獣たちと挨拶したりした。
それから俺たちは中庭を後にした。
城の中の広い通路を歩いていくと魔法使いのマッキーベルが駆けてきた。
俺の隣を歩きつつ、ニヤッと笑う。
「うまくいったね、アレクっ」
「ありがとうな、マッキーベル」
「あ、今はマリーベルに変えたから」
「変えた? なんで名前をころころ変えるんだ?」
「ああ、うん。なっかなか気に入る名前が思いつかなくってね~。適当に名乗ってるだけ」
「親に付けてもらった名前があるだろうに」
マリーベルが眉間に深いしわを寄せて嫌そうに吐き捨てた。
「本名は大っ嫌い」
「どうして?」
はぁっと溜息を吐きつつ、帽子のつばを揺らして赤いレンガ畳の上を歩いていく。
「アタシさぁ、生まれた時からもう気が強いというか、激しい感情の赤ん坊だったんだって」
「うん」
「で、家族はおしとやかな女の子に育ちますようにって、おしとやかって意味でメイディリィって名付けたのよ」
「そこまでは悪くないじゃないか?」
「悪いわよ! 子供のころからアタシは勉強嫌いでさ、男の子たちと遊んでガキ大将になるぐらい暴れ回って。でも、家族は言うの。メイディリィ、名前の通りおしとやかにしなきゃだめでしょ! メイディリィ、もっと可愛く振舞いなさい! メイディリィ、メイディリィ! ――もう、うんざり! アタシはアタシの生きたいように生きる! パーッとやって、魔法でドーンッ! それがアタシの生き方!」
眉間にしわを寄せ、ふんっと鼻息荒くこぶしを握り締める。
彼女の勢いに俺は思わず苦笑してしまう。後ろを歩くペガサスのミレーヌも目を丸くしていた。
「それはそれでいい生き方だな」
「でしょ? やっぱアレクって、わかってくれるんじゃーん! ――どう? アタシに惚れた? 惚れた?」
「悪いが俺にはもう、リリシアがいるからな。期待に応えられなくてすまない」
俺は率直に今の気持ちを伝えた。
するとマリーベルは大げさに頬を膨らませつつ、ぶーぶーと唸った。
「やっぱ男は、おしとやかな女性が好きなんだね……っ」
「いつかすべてを受け入れてくれる男が現れるさ」
「ん、そだねー」
「マリーベルさま、ちょっとお話が!」
十字路に差し掛かった時、マリーベルを呼ぶ声が高い天井の廊下に響いた。右奥の通路で騎士が叫んでいる。
マリーベルは三角帽子を揺らして頷いた。
「ああ、事後処理がまだあるっぽい。――そんじゃ、男あさり頑張ってくるわ~」
「おう。頑張ってな」
俺が拳を出すと、マリーベルは少し恥ずかしそうに頬を染めつつ、こつんと拳に拳を当てた。
「ありがとね、アレク。ばいばいっ」
「じゃあな」
「うん、またねっ」
マリーベルは、にひひっと強く可愛い笑みで笑う。
そして明るい茶髪を広げるように背を向けた。
彼女は中庭の方へと戻っていく。俺は出口を目指して歩いた。
城の外に出ると夕焼けで空が赤く染まっていた。
そしてまた、ぞろぞろと大通りを歩いて森を目指す。
夕暮れ時の王都に、長い影が落ちる。
人々の好奇な視線を受けて居心地悪い思いをしながら東門を目指して歩いていくと、北東地区にある冒険者ギルド近くでリリシアがいた。
すみれ色の目を丸くして俺を見ている。
俺は苦笑しながら『またあとで』と呟くと、彼女は銀髪を揺らして頷いた。
そして鞄をしっかりと両腕で抱きかかえつつ、裏路地の方へと向かっていった。
あとはまた、人々の歓声を聞きながらパレードを続けたのだった。
もうエピローグのはずなのに、あと少しが終わらないです。たぶんあと1話。
風呂敷を広げるのは簡単なのに、畳むのはなんでこんなに大変なんでしょう。
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次話は近日更新




