1.勇者をクビになる(第一章プロローグ)
本日3話更新。1話目
お城の玉座の間にて、俺は王様に報告していた。
「というわけで、イビルサーペントには逃げられましたが、海竜の巣は破壊してきました」
王様は苦々しく顔をゆがめる。
「また倒せなかったのか……どうしたのだ、アレクよ……前はあれほど活躍したというのに」
「……確かにうまく倒せず……ですが巣は破壊したので沿岸民の被害は減るかと……」
王様の横に立つ大臣が偉そうに言う。
「もう年なのではないのかね? 雑魚は倒せてもボスクラスの敵は倒せてはいない。それでは勇者の意味がないと思わんかね?」
「は、はあ」
王様は何か言いたそうに口を開いたが、溜息を吐いただけだった。
大臣が袋の乗ったトレイを持ってくる。
何かくれるらしい。
「なんですか、これは?」
「勇者アレクよ。今までご苦労であったな。勇者を辞めてゆっくり休むがよい」
「えっ!? ――そんな、急に!」
「これは王様からの最後の慈悲。金貨百枚だ。受け取るがいい」
「しかし――まだ魔物が」
「ああ、紹介しよう。こちらが新しい勇者、マリウスくんだ」
細身で長身の若い男が現れる。
さらさらの金髪にキリッと凛々しい二重の紅い瞳。
男から見てもイケメンにしか思えない整った顔立ち。しかも貴族の息子だった。
「どうも、先代勇者アレクさん。ご存じだと思いますが、僕はマリウス・フォーライト、数年前から活躍していた勇者候補です。アレクさんが僕の方に追い込んでくれたイビルサーペント、きっちり倒しておきましたから」
白い歯をきらりと光らせて微笑むマリウス。
中肉中背で黒髪黒目の、ぱっとしない俺とは大違い。
女子の間で人気沸騰中の勇者だった。
俺は内心、やはりそうかと思った。
次の勇者はマリウスか。
貴族なのに気さくで、愛想がよく人当たりがいい。
俺の言うこともよく聞いて動いてくれた。
可愛い後輩だと思っていた。
――しかも、イビルサーペントを倒した手柄を半分、俺にくれようとしている。
いい奴だなと思った。
まあ、こいつが勇者になるならクビになるのも仕方ないか、そう思った。
大臣は苦々し気に顔をしかめる。
「いったいこれで何度目だ? アレクの討ち漏らしをマリウスくんが始末するのは……勇者に相応しいのは誰か、よくわかるというものだ」
「アレクさんも年ですし、これからは僕一人で充分ですよ。勇者が二人いても仕方ないですしね」
「すまんの……アレクよ」
王様だけが同情の視線で俺を見ていた。
でも俺が任務を失敗してばかりいる以上、何も言えないようだ。
「そうですね……」
もう俺のクビは決定事項のようだ。
口下手な俺では反論できない。
俺は反論するのも諦めて手を伸ばした。大臣の持つ袋を手に取る。
ずっしりと重い。金貨が入っているようだ。
金貨を受け取ったことで勇者退任を了承したと思ったのだろう。
王様が言う。
「ではアレクよ。勇者のメダルを置いて、ゆっくり休むがよい」
「……はい」
俺は一礼すると、首から鎖で下げていたメダルを外した。
大臣に渡して、すごすごと去ろうとする。
しかしマリウスがにこやかに笑いかけてきた。
「勇者をやめたなんて他の人に知られたら何を言われるかわかりませんよ? 裏口から隠れて出て行かれた方がよろしいかと」
「え……ああ」
「いい裏口を知ってます。さあアレクさん、僕が案内してあげますよ。こっちです」
マリウスは気遣うような優しい笑みを浮かべ、先に立って歩き出した。
とぼとぼとマリウスに従って城の廊下を歩きながら――でも、と思う。
これは俺のためじゃないなと感じていた。
国の体裁を保つためだ。
もっというなら、勇者失格で国の恥である俺を隠そうとする上層部の考え。
その言い出しにくいことを、マリウスが口当たりの良い言葉で代弁しただけに違いない。
こういうのが処世術、というものなのだろう。
俺にはまったくできなかった。
愚直に魔物を倒すことしかできない勇者だった。いや、元勇者だった。
城の裏口まで来る。
確かに人気はなかった。ここからなら誰にも見られそうにない。
俺はマリウスを見て言った。
「俺の分まで頑張ってくれよ。じゃあな」
虚勢を張って、気さくに話しかけたつもりだった。
ところがマリウスは侮蔑の笑みを浮かべて見下してきた。
「はぁ? ちょっと口の利き方がなってないんじゃないですか?」
「え!? なんだと?」
「あなたはもう勇者じゃないんですよ? 僕は貴族の生まれですし。――貧民出身のあなたが口を利いていい存在じゃないんですよ?」
「え……いや、お前には随分目をかけてやっただろう? 魔物の倒し方を教えたし、討伐数もいくらか譲ってやったりしただろ?」
「そんなことで、何を恩に着ているんですかぁ? その程度で、僕を不遇な目に合わせたことが帳消しになるとでも?」
「不遇!? お前……何を言って……」
「あなたみたいな老いぼれがずっと勇者やってるから、若くて才能のある美男子の僕が、雑用みたいな仕事ばかりさせられたんですよ? 僕は何もかも優れた存在なんです。魔法も、剣術も、知識も、家柄も、顔も! 僕が人々に称賛される勇者であるべきなんです。それがなんですか、あれをしろ、こうした方がいいとか、指図ばかり!」
マリウスは蔑んだ笑みを浮かべて罵ってきた。
俺はしどろもどろになって弁解する。
「いや、それは、違う……お前のためを思って……」
「先輩風を吹かせて、ほんとウザかったですよ! ずっとイライラしていましたよ! このド貧民! ――さあ、さっさと消えてください! 二度と顔を見せないで――ああ、金貨100枚ならどうせ半年もたたずに使い切って野垂れ死ぬでしょうから、その時はブサイクな死に顔を見に行ってあげますよ、あはははっ!」
俺は呆然として何も言えなかった。
とてもいい奴だと信じていたのに、次の勇者はこいつだなと思っていたのに。
マリウスは呆然としている俺を蹴り飛ばして裏道へ出すと、笑いながら扉を閉めていった。
「貧民は貧民らしく、あなたの両親のように、無残に野垂れ死んでくださいねっ! あはは!」
ピシャッと扉が絞められた。
俺はあまりの暴言に思考がしばらく停止していた。
なんだか裏切られたような気持になっていた。
――いや『ような』じゃなくて、まさか。
俺がここ最近ダメだったのも、マリウスに手柄を横取りされまくったのも、ひょっとしたら……?
でももう調べるすべはなかった。捜査権限のある勇者はクビになっていた。
俺は行く当てもなく歩き出すしかなかった。
ただ、俺のことはバカにしていい。確かに失敗もいろいろした。
でも両親までバカにしてきたことは、水に流そうとしても流せなかった。
◇ ◇ ◇
お城の裏口から放り出されるように外へ出た俺は、ふらふらと街を歩く。
明るい午後の日差しの下、石畳の道に人々が行き交っている。
なぜか人々の日常風景が、場違いなほどに遠く感じる。
――これからどうする……どこへ行けばいいんだ?
両親は死んだ。実家はもうない。
我が子が勇者になったことを喜びつつ亡くなったことだけは親孝行だったか。
とりあえず貰った袋の中を見た。金貨が本当に100枚あるかと思って。
すると目を見張った。
普通の金貨じゃなく、大金貨が100枚入っていた。
1000万ゴート。予想の十倍だ。
そして中に手紙が入っていた。
王様の直筆だった。
『すまないアレク。国のために働いてくれたことは、わしが一番よく知っている。ただ、ここ1~2年は討伐数がめっきり減って、わしでも擁護できなかった。これはせめてもの償いじゃ』
早くに父親を亡くした俺を、子供のように可愛がってくれた王様。
期待に応えられなかったのが悲しい。
……ん? でも、ここ1~2年も任務は失敗はしたが、魔物討伐数は変わってないはずだが……。
もうなにもわからなかった。
マリウスが何かをしたのかもしれないが、勇者をクビになったので調べることすらできなくなった。
それより今は、目の前の事態。生きることが先決だった。
とりあえず、1000万ゴートで何日生きられるのか。
宿屋一泊2万ゴートだから、500日ぶん?
いや、勇者一行は高い宿に泊まっていたから、もっと安い宿は……いくらぐらいだ?
一日の食費は? 武器や防具っていくらする?
そう考えたとき、心臓を締め付けられるような衝撃を受けた。
30年間、ただ勇者として戦い、身の回りの雑務はすべて従者がやってきた。
「やばい……俺は何も知らない」
9歳から勇者をしたから、常識がまったくわからなかった。
むしろ変な知恵を付けないように、隔離気味だった可能性もある。
背中にイヤな汗が流れる。
これからは全部自分でやらなくてはいけない。
俺はいい年した中年になったというのに生活力がまるでなかった。
――なにか、なにか方法はないか?
誰かに頼るか?
でもパッとしない勇者だった俺に知り合いなどいない。
頼れそうな人を思い浮かべようとしたが、逆にマリウスのあざ笑う顔が脳裏に浮かぶ。
信頼できると思っていた人間でも裏切ってくる。
最悪の場合、この金すらだまし取られるかもしれない。
物価すらわからないんだから十倍、百倍の値段で売りつけられても俺には判断できない。
誰も信用できない。
そして、信用できる人かどうかを判断するほどの常識が、俺にはない。
「じゃあ、どうすればいいんだ……もうだめなのか……?」
俺は愕然として呟くしかなかった。
そんな時、ふと昔のことを思い出した。
まだ勇者になって15年目のころ。
二十代で恋人が欲しかった俺は、それでも勇者は品行方正にしなければ聖なる力を失うと諭され、酒もたばこも女もギャンブルもやらずに生きた。
いろんな女性と出会いたかった。
だから奴隷でハーレムを作る男たちが羨ましかった。いつか自分も、とは内密に思っていた。
――そうだ、奴隷だ!
隷属魔法で従わせるため、絶対主人を裏切らない存在。
主人の身の回りの世話をしてくれる。
俺は金貨の入った袋を握り締めて、街の裏通りへと向かった。
次話は夕方更新。