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十二の功業 //0の功業// 〜起死回生のヴァナルガンド〜  作者: 赤面の迅
第1章 -少女は笑う、希望を見上げて-
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第1話 -苦しみの中の幸せ-

 時は少し(さかのぼ)り、隕石飛来前の戦時下。舞台は日本。

 温もりに包まれた一つの家に小さな女の子がいた。(かたわ)らには女の子の母親らしき女性が柔らかなソファーに腰を下ろしている。


「ママー、どうしてママのおなか、そんなに大きいの?」


 女の子は母親の膝にしがみつき、不思議そうに母親の大きく膨らんだ下腹部を指差す。


「ふふ。これはねぇ、アケミの弟になる子がここにいるからなのよ」


「おとうと?」


「そう。アケミの弟。私の初めての息子」


 母親は嬉しそうに微笑むと、膨らんだお腹をそっと撫でる。しかし、アケミという女の子はまだあまり理解できていない様子で首を傾げた。


「つまりね、我が家にもう一人家族ができるのよ。そしてアケミはこれからお姉ちゃんになるの。お友達にも姉妹や兄弟、二人一緒にいる子たちがいたでしょ? あんな感じよ」


「うん! いる! ちーちゃんとみっちゃんはかぞくだって言ってた! じゃあじゃあ私、ちーちゃんみたくなるの?」


「そうよ。あの子たちは姉妹だけど、うちは弟。男の子よ」


 アケミの表情がぱあっと明るくなる。


「ホント!? 私、ちーちゃんとみっちゃんとあそぶ時、いつもなかよしの二人見ていいな〜って思ってたんだ! えへへ、私もおとうとくんと仲良しになれるかなぁ」


 弟というものが何なのか知った彼女はニコニコ笑いながら母親のお腹を見つめる。待ちきれない、と言わんばかりだ。


「そうね、きっと仲良くなれるわ。でもアケミはお姉ちゃんになるんだから、やさしくしてあげなきゃダメよ?」


「おねーちゃん……? 私が?」


「そう。お姉ちゃんらしく色々教えてあげたり、やさしくしてあげればきっと日本一仲良しのお姉ちゃんと弟になるわ。そうすれば、きっとチサトちゃんとミサトちゃんもあなたたちをうらやましがるわ」


「ホント!? こんどは私が二人にいいなぁって言われるの? やったぁ! ママ! 私、おねーちゃんになる! おとうとくんにいろんなことおえてあげたり、いっぱいやさしくしてあげる!」


 アケミは喜びのあまり飛び跳ねる。そんな彼女を見て、母親は自身のお腹を撫でながらやさしくアケミのことを見つめていた。


「えらいわね、アケミ。ところでこの子の名前はおとうとくんじゃないわよ?」


「え? そうなの?」


 母親は眉を八の字にしながら苦笑い。アケミはどうやらこれから生まれてくる弟の名前を『おとうと』と勘違いしていたようだ。

 母親に指摘されて、喜んでいた彼女もちょっと動きを止めて勘違いしていた自分が恥ずかしくなる。頬をわずかに染め、恥ずかしそうに体をくねくねとねじるがそこに羞恥心などはなく、ただ単に勘違いしていたことに照れているだけだった。


「ええ。この子の名前は“タツミ”。男の子が産まれたらこの名前にしようって、前からパパと決めてたのよ」


「タツミ……じゃあ、たっくんね!」


「ふふ、もうあだ名をつけるの? あだ名つけるの好きねぇ」


 また母親が苦笑い。夫と長らく決めていた名前を、こうもあっさりと呼び方を変えられるとは。

 とはいえ、別にアケミがそう呼ぶことを嫌だと思っているわけではなかった。

 アケミのあだ名癖は昔からだし、彼女が親しい相手にしかあだ名で呼ばないのは母親が一番よく知っていた。

 親しみを込めてこの子をそう呼んでくれるのならと、母親はむしろ喜んだ。だから苦笑いは困り顔半分、でもこの子らしいという笑いが半分の表情だったのだ。


「うん! ……そういえばママ。パパはまだ帰ってこないの?」


 アケミが再び母親の膝元に戻ってくる。

 母親の表情がしまったという顔に変わる。今度は本当に困った顔だ。

 それもそのはず、あまりアケミに父親のことを思い出させないようにしているため、先ほどの発言で墓穴を掘ったと後悔していたのだ。

 何もアケミの父親は死んだわけじゃない。おそらく、ではあるが。

 彼女の父親は将校、つまりは軍人だ。

 第三次世界大戦が始まって以降、最初の頃日本は戦争に参加していなかった。いや、できなかったのだが、戦時中に中国からの侵略を受け、それに応戦。それからなし崩し的に戦争に参加させられていた。

 とはいえそれでも日本は比較的安全な方だった。

 そんな中、アケミの父親は一個隊を指揮する将校。戦時中では長らく戦場に(おもむ)かなければならないことも多いため、長期間、家に帰ってこないことが多々あった。

 そんな日々にアケミがなるべく父親のいない寂しさを感じないようにと、母親は彼女の父親の話題を避けるようにしていたのだ。

 とりあえず母親はアケミに笑いかける。バツの悪そうに、誤魔化すように。


「きっともうすぐ帰ってくるわ……そうね、できればこの子が産まれる時には帰ってきてほしいわね。そしてタツミの誕生を祝ってあげましょう。みんなで、ね?」


 母親はそう言うと、自身の膝にしがみつくアケミの頭をお腹をさする時と同じにそっと撫でた。その表情は、わずかに申し訳なさそうだった。

 それもそのはず。アケミが産まれた時、父親は戦場に赴いていたため出産には立ち会えなかったのだ。夫と一緒に出産を喜べなかったという気持ちもあったが、それ以上に、新たに生まれ()でたアケミに二人で迎えてあげられなかったことを悔やんでいた。

 もちろんこんな話をアケミ本人にしたことはない。だが、今でも彼女には申し訳ないと思っていた。

 だからこそ母親はこれから生まれるこの子は今度こそ家族全員で迎えたかったのだ。

 また、タツミが産まれるまでに夫に帰ってきてほしいと言ったのは、もう一つ理由があった。

 アケミが産まれた後、一人でする子育ても大変ではあったが、その苦労に加えて夫の心配も合わさって精神的に辛い時期があった。

 初めての子育てでアケミが無事に育ってくれるかという不安と、夫が戦地から無事に帰ってくるかわからない恐怖。そんな想いに板挟みにされ、苦労が絶えなかったのだ。

 だから今回は夫の無事を確認してから安心して出産したいと母親は思っていた。

 母親の提案にアケミはニッコリと笑う。母と父、自分の三人で“おとうと”のタツミを迎える日を想像したのだろう。


「うん! パパとママと私でたっくんにうちにいらっしゃいする! あっ、たんじょうびならケーキ食べなきゃだね!」


 アケミは思い出したように目をキラキラさせる。


「あらあら。アケミはケーキが食べたいだけじゃないの?」


 母親が冗談交じりに笑う。アケミも図星を当てられ、照れながら笑った。


「えへへ。でもたっくんにいらっしゃいしたいのはホントだよ! 私、おねーちゃんになるんだから、おとうとにやさしくしてあげなきゃ」


「アケミはえらいわね。そうね、みんなで我が家に迎えてあげましょう。タツミはまだ食べられないけど、頑張ってケーキも用意しようかしら……あらっ、ふふ、蹴ったわ」


 窓から覗く暖かな光の中、母親は自身の下腹部を撫でる。娘になにやら言葉をかけ、それに答えるように女の子は母親の膨らんだお腹に手を当てた。

 辛く苦しいこの時代。けれどささやかな、それでいて確かな幸せもある時代に一つの家から賑やかな声が響いてきた。それは美しく、世界中に響き渡らせてやりたいほどだった。

 時は第三次世界大戦、戦時下。空からケモノを抱く隕石が飛来する、三日前のことだった。

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