『よ〜し!新年早々、これで新規読者を取り込むぞ!!』という作者の想いが込められたお話
〜〜1月7日・月曜日〜〜
「明けましておめでとうございます」
「オォ、明けましておめでとうさん!今年と今宵もおおきにな~!!」
ふざけた同僚の軽口を聞き流しながら、「マジですか!……それまでに身体を清めとくんで、優しくしてください♡」などと、適当な返事をする私。
年明け初の出勤日。
バタつくのを避けたいがために早めに出勤した私は、職場の同僚たちにそのような挨拶回りをしていた。
そして、このまま何事もなく始業時間を迎える――はずだった。
それが変わる事になったのは、ある同僚に新年の挨拶をしたときのことである。
「明石埜君、ちょっと良いかな?」
そのように呼びかけてきたのは、今私が挨拶をした2歳年上の先輩男性社員:田所さんだった。
余談ではあるが、私は人から「明石埜君」と呼ばれるたびに語感の響きが近い事から、また一歩自分が”世界の根源”に近づいたのだと、日々確信を強めている。
『名前を呼ばれるだけで、世界最強!!』
意外と新しい異世界テンプレ無双作品として、ヒットするんじゃなかろうか?
まぁ、私はやらんけど。
そんな取り留めのない事を考えながら、私は今挨拶をしたばかりの田所さんを見やる。
田所さんは小太りに眼鏡といった容姿であり、外見だけだと私のようなBE-POPな雰囲気を放つ人間とは対極の位置づけに思われそうな人だった。
現に私達の飲み会にはあまり参加したりはしないため親しくはなかったのだが、この前の二次・忘年会のカラオケでメジャーな歌を披露してた時は普通に上手かったし、エレベーターから降りてきた他の店のママさんとも顔なじみらしき挨拶をしていた事からも、見かけに反して夜の街に生きる男である事は明白であった。
(そういやこの人、カジュアルな曲を好んで聴いているし、他の同僚の話では夜の街で結構出歩いている姿を目撃されてるし、何より彼女持ちなんだよな……)
会社帰りに寄ったアニメイトで同期の女の子とばったり出くわしながら、何のやり取りも交わさなかった私とどこで人生の岐路が分かれたのだろうか。
そんなふとした疑問と、フラッシュバックする想い出……そして、『田所は彼女持ち』という圧倒的な事実。
それら三種の神器を携え『世界廃滅』を掲げる邪教の信徒と化しながらも、私は表向き平然と田所さんの呼びかけに応える。
「良いですけど……どうかしましたか?」
「あぁ、明石埜君は”ラブライブ”って知ってる?」
刹那、私の全身に衝撃が走る――!!
――『時よ、止まれ。お前は誰よりも美しい』……!!
そのように私は体感時間を引き延ばす事によって、何とか内心の動揺が噴出するのを食い止めることに成功していた。
だが、そこで安堵している場合ではない。
今の短い呟きから瞬時に田所の真意を見抜かなければならない。
というのも、コイツが見かけから予測できるようなオタク的人間でない事は既に明らか。
ならばここで安易にオタク的トークを盛大にかましてしまえば、翌日……いや、この会話が終わった数秒後には職場の皆から『キモオタ』扱いされる事は想像に難くないだろう。
”小説家になろう”に作品を投稿しているのは職場でも周知の事実だが、オタクっぽい言動を全力で排除してきた私にとって、それは耐えられそうになかった。
ゆえに、ここは――興味のない風を装って冷静に返すのが、この場における最適解といえるだろう。
そう判断した私は田所さん相手に、素の表情のまま平然と答える――。
「あぁ、僕は知ってるくらいですけど友達の方が凄い興味持ってる……っていうか、好きみたいですね。ただ、その友人は続編よりも無印の方が好きらしいです。僕はそういうのよく分からないんですけど、今度こっちに彼女達がイベントで来るのを心待ちにしながら楽しみにしているらしいですね。あと、総務の山本さんが僕と話すときに『私の高校生の息子が”ラブライン”っていうアイドルアニメが好きみたいでね~』みたいな話をしてくるんですが、僕が『山本さん、それ”ラブライン”じゃなくて”ラブライブ”ですよ!』って何回訂正しても、全然直してくれないんですよね~。あっ!そういえば」
「明石埜君は、こういうの欲しい?」
そう言いながら、田所はスッ……と私にあるモノを差し出してきた。
それは、左上くらいにGoogleと書かれた桜内 梨子(←私はそういうのあまり詳しくないので分かりませんが)のイラストが描かれたカードらしきモノだった。
なんだ、この流れは……。
まさか、田所は……今の話が友人じゃなくて、私自身の話だとでも思っているのか!?
あまりにもふざけた物言いに発狂しそうになるが、すんでのところで押し留まる。
……ここで激昂すれば、田所の思うつぼである。
ならばこの状況を打開するために今の私に出来る事は、最後まで素知らぬ顔でこのスタンスを貫き通すことのみである。
例え、それが実は推しメンだったとしても。
「いや~、僕は興味ないですね。あっ、友人がですね」
「そっか、分かったわ」
その後何とか気まずさを誤魔化すように、「それって誰かの忘れ物ですか?」と私が訪ね、田所さんが「いや、違うけど……」と返答した事によって、その場は尻すぼみに収束していくこととなる――。
「……………………………………………」
自分の席に戻りながら、私は何かに祈るように組んだ両拳に額を預けるようにして、瞳を閉じていた。
これが自作品の世界ならば、己の中に根差した極限の悲憤を爆発させる事によって、強大な異能に目覚めた私が、職場を始めとする既存の社会ならびに世界全てを灰燼に帰すような展開になったに違いない。
だが、現実はどこまでも非情である。
旧き世界が廃滅される事もなければ、
新しき時代が創造されることもない。
この閉じきった”現実”という天蓋を突き破って、新人類が訪れることもなければ、
まだ見ぬ開かれた”理想”を追い求めて、人々が未知の新天地に到達することもない。
……ただ、残酷なまでに時が流れていくのみである。
それでも、私は執筆し続ける。
何故なら、『旧世界の廃滅』や『新世界の開闢』よりも大切な辿り着くべき理想の形を、私の魂は知っているのだから――!!
ゆえに、私はどれほど自分の願いが叶わずとも――この悲劇と閉塞に満ちた現実に対する唯一の抵抗として、今日も小説を書き連ねる。
……本当は、世界をどうこうしなくても、あの場で田所さん相手に「あっ、僕もラブライブ大好きなんですよ~♡」と言って受け取る事が出来ていれば、実は田所さんが彼女の影響で冬コミとかに参加している人であり、そういう趣味も持つマルチな人であったため、私と今よりも親しくなるという道があったのかもしれない。
けれど、そこで虚勢の殻を脱ぎ捨て世界全てに向けた激情を失くしてしまえば、私が私でなくなってしまう。
そう自分に言い聞かせながら、私は『戻る道など最初からありはしない』と”不退転”の意思を背負い、ひたすらに前へと進んでいく――。
そうして、今日も緩やかかつ残酷なまでに『平穏』な一日が続いていく。
他の人達も様々な事情や心境を抱えているが、あくまでも変わることなく『日常』の光景が繰り広げられていた。
それでも私の中では、未だに『2分間くらいで読める短編集』という単行本企画に参加していたあるライトノベル作家の、何もかも過剰にハイテンションで描写する作品にぶち当たったときのようないたたまれなさ・寂寥感だけが残り、それはいつまで経っても消える事はなかった……。
~~完~~