そのデータに付随する
手が寒いから
ポケットの中に手を入れて
温めていたんだ
街角では
白い煙を吐きながら
行き交う人々
首に巻き付いたマフラー
搭載されているエンジンは
何気筒だろう
疑問に思いながら
栞を挟んで消した
消す為に存在する
頭の中の栞は
全てが速い世の中では
重宝する機能だ
言葉一つ
覚えていれば
検索なんて簡単な世界だ
思った時の感覚なんて必要無い
データが重くなるし
バグも発生し易いから
明確な物だけが
そこにあれば良い
流れ星を見た日も
記録以外は要らない
初めて手を繋いだ日も
記録以外は要らない
二人の間に
子供が生まれた日も
記録以外は要らない
そのデータに付随する
備考欄の中には
何も書かなくて
良いのかもしれない
ランダムな感情という物は
一緒に居たとしても
同じ物では無いから
いつものように
ポケットに手を入れると
中に何かが入っていた
いつの何かも分からない
小さく折られた紙だった
何回か洗濯したから
濡れた紙が乾いた後の
特有の質感になっている
広げて見るには
慎重になるしかないから
ポケットに戻した
夕日という始まりで
きっと忘れてしまうだろう
午前中の鯰と
午後からの牛になると
ノー残業デーの御触れに
ひれ伏しながら退社する
帰路の途中で
いつもの定位置に
家の鍵が無いことに気づいた
鍵を失くしたと
手当たり次第に
探り回れば
ポケットから
金属音と干からびた紙
本当に忘れていたと
朝の記憶が蘇ってくる
広げて見れば
誰かの文字だった
「ごめんね
ありがとう
また一緒に行こうね」
書かれていたのは
これだけで
名前は無かった
記憶には無かった
女性の文字だと思ったが
誰の文字かは分からない
喧嘩でもしたのか
態度が悪かったと思ったのか
何も分からない
手書きのメッセージ
夕日を一緒に見た日も
記録以外は要らない
喧嘩をした日も
仲直りした日も
記録以外は要らない
さようならと言って
別れた日も
記録以外は要らない
そのデータに付随する
備考欄の中には
何も書かなくて
良いのかもしれない
人間の記憶という物は
いつしか消えてしまい
新しい物としてしか
必要としなくなるから