あの、恐るべきモノ達、悪夢
大学のキャンパスで二人の学生が話をしている。
始めは弾んだ雰囲気だったのが、次第に深刻そうに声を潜めだす。
何か問題が、良くないことがあったのだろうか・・・
世に恐ろしいのは、あの、例の、存在していないはずのモノ達です。
・・・あなたは私の言葉に驚いたような戸惑ったようなふうを装ってる。まさか私にそんなことを言われるとは思ってもみなかったでしょう。
あなたと私は親しくなった。大学で、専門分野も趣味もサークルも同じ。そりゃあ類は友を呼ぶで仲良くなって当然自然、・・・なんて考えていたんじゃないですか。
・・・本当のことを言いましょう。私があなたに近づいたのは偶然でもなんでもないんです。もちろんあなたのことは良い友人だと思っています。私が最初にあなたに近づいた動機とは全く関係なく・・・
私にはわかっているんです。あなたが私の言わんとしていることを完全に理解しているということを。
ええ、それは良く分かる。私が、私の言わんとすることについて、あなたにとっては、もしかすると何の前触れもなく切り出した時に、あなたがまるで今日この世に初めて目を覚ました子供のように、まるで本当に何も知らないかのように振舞ったのは、ごく自然なことだと思います。
確かにあなたはあれのことを知っている、ということを知られたくはないでしょう。・・・いや、そうじゃない。あなたはあれのことを、あなたが毎日否が応でも鏡の前で目を合わさざるを得ないあなた自身のように、いや、それ以上に良く知っている、ということを認めたくないんでしょう。口にも態度にも表したくない。あのモノ達が人の記憶から消えるのと同じように、あなた自身もなかったことにしたいんでしょう。
・・・でも心の奥底、意識の狭間では、正しく理解しているはずなんです。あれは本当は・・・
・・・
あなたも私も映画が好きです。特にホラー映画は好きだ、そういうことになっていましたね。私は映画はもちろん好きです。でも、あなたにひとつだけ謝りたいことがある。私はあなたに嘘をついていました。私はホラー映画は苦手なんです。・・・いや、もっとはっきり言いましょう。大がつくほど嫌いです。
それも私にとっては不思議なんですが・・・どうしてあなたはホラー映画が好きだなんて言えるんでしょう。私は最近例の有名な和モノのホラーを見ました。あなたに勧められて。私ももう大学生。下宿生活の一人暮らしにもなじんできたし、きっともう克服できている、なんて甘いことを考えたんです。
結果おぞましい悪夢にうなされました。ついに寝るのが怖くなって、一晩中明かりをつけて起きていました。私が講義をほとんど休んだ週があったでしょう。あの時私は昼間に寝ていたんです。夜に寝るのが恐ろしくて。もし、無理して眠っていたら、私は死んでいた、いや、悪夢に殺されていたかもしれない。私は生まれつき心臓が弱いんです。汗びっしょりで苦しいぐらいの鼓動と共に目覚めた夜中に、ようやくわかった。一生克服することも逃れることもできないって。
・・・今は大丈夫です。寝る時は部屋のカーテンを閉め切って、夜中じゅう電灯もビデオもオーディオもつけています。今は夜じゃない、夜じゃない、夜じゃないって自分に思い込ませているんです。それで、ようやく夜に寝ても悪い夢は見なくなりました。・・・ごめんなさい。ずいぶん話が脱線してしまいましたね。
この話の始まりはそもそも、あなたが一番怖いホラーって何だろうね、なんて、軽い感じで言い出したからでしたね。あなたがそんなこと言い出したのを聞いて、正直、私は心臓に悪かった。だってあなたは・・・一瞬私はあなたの本意を量りかねました。 でも、もういいでしょう。 あなたと私は親しくなった。こんな話ができるくらいには。
私はフィクションのホラーはあなたほど知らない。今までで最も恐ろしかったのは最近あなたの貸してくれたあの和ホラー映画だった。幼い頃に見たのの何倍も恐ろしかった。だけど私は、あなたが、あのモノ達の実在を知るはずのあなたが、あんなものを見て平気なのは理解できない。・・・それとこれとは別ってことなんでしょうか。私にはわかりません。
・・・
この世で一番恐ろしいもの、その問いの答えをわたしは知っている。あなたが知っているのと同じように。この世で最も恐ろしいのは、自然災害でも戦争でも核兵器でもない。真に実在するあのモノ達だと。
あなたはまだ良く分かっていないふうを装っている。まだ認めない。認めたくない。あなたがあのモノ達に会った事を、そしてそれを覚えていることを。忘れてしまっているフリをして、実は知っていることを。
・・・いいでしょう。教えてあげる。あなたが実はあのモノ達のことを全然知らず、今後一切会う事もなく、もし万が一、憶に一会ったとしても綺麗さっぱり忘れてしまうということにして。その何も知らないあなたにも理解できるように説明してあげましょう。
・・・
あのモノ達のことについて説明するのはそんなに難しいことではないんです。私も幼い頃母や父、優しかった祖父や祖母にもさんざん説明してあげたんです。あなたも、同じようにやったことがあるんじゃないですか。その結果は情けなく、腹立たしく苛立たしいものです。幼いうちは大人たちはただ笑うだけ。度を過ぎてやるとうるさがられ、ある年齢を越えてもやると、気味悪がられたり、本気で心配されるだけです。
あなたは絵本のお化けに会ってみたいと思ったことはありませんか。厨二病なんていうけど、異世界に行きたくて母親の化粧台で合わせ鏡を作ったりしませんでしたか。でもお化けなんてどこにも居はしないし、合わせ鏡なんかしても何も起こらない。・・・そんなふうに思っていませんか。
お化けに会いたい、会いたいというか見つけてみたい子供のあなたは想像してみる。そこの階段のところにお化けがいる。白い、不気味な、輪郭のはっきりしないゴースト。後ろにはもう一体同じようなのがいる。あなたの様子を二体でうかがっている。実はあなたはうっすら薄目を開けて見ているが、そいつらは気付かない・・・
明るい陽の光の下、目を開くとやはりそれらは影形もない。・・・そんなつまらない遊びに飽きて他の事を始める。お化けなんていない。
・・・やっとわかってもらえたみたいですね。・・・いや、わかります。あなたの表情も変わってきましたから。無理に繕う必要はないんですよ。
・・・だってこれは本当のことなんですから。
本来ならそんな下らない、大人になったら忘れてしまうようなことを覚えている。まるで昨日のことのように。そのゴーストたちの姿形もはっきり覚えている。姿自体はぼやけているけれど。
・・・でも、それはあなたが子供の頃、退屈しのぎにやった遊びに過ぎない。あなた自身が想像したただのイメージ。・・・あなたはまだそう思いたいんでしょう。
でも、そうではないんです。それが連中の手口なんです。あまりにも恐ろしい、人の記憶に嫌でも刻まれてしまう、ぬぐっても消えない自分達の姿をごまかすためのやり方なんです。あなたは連中のことを自分の想像だと思い込まされたんです。そして、もしかすると、自分でもそう思い込もうとしている・・・
実はあなたが中学生の頃、夜中に合わせ鏡を作った時もそうでした。・・・驚いていますね。いいえ、わかりますよ。 私はただ、教えてもらっただけです・・・ 誰にって? それは・・・
・・・
あなたは、口に出すのも恐ろしい話ですが、連中の世界へ行ってきたんです。
もちろん、通常はそんな世界へ行くことはできません。数々の偶然が重なった結果です。それに、万が一扉が開いて行けたとしても、まず、帰ってくることはないんです。ところがあなたは、運よく、とても運よく帰って来れたんです。
別に、あなたに、そんなピンチを乗り切ることができる特別な力があった訳ではないんです。ただ、ただ、本当に運が良かっただけなんです。 ・・・いや、これからのあなたのことを思うと本当に良かったのか・・・
あなたが当時見た忘れられない悪夢があるでしょう。言葉で表すなら地獄が最も近いですが、良く見る地獄絵のような、そんな生やさしいものではなかった。私には、たとえ夢だとしても、あんなものを見て、いまだ正気に見えるあなたが信じられない。きっと、きっと、あなたは・・・いや、こんなことは言わない方がいいですね。
・・・あれは、残念ながら夢ではないんです。私達の生きる現実世界と何も変わらない、あの世界は本当にあるんです。そして・・・
・・・
・・・やはりあなたも悩んでいたんですね。私と同じように。でも信じられない。まだ信じたくないんですね。でももうあなたもあれらから逃れられない。目を背けることもできない。あなたは知ってしまうから。連中の実在の証拠をついに手に入れることができるんです。
・・・どういうことかわからないでしょうね。明日にはわかると思います。簡単なことなんです。
・・・もうすぐ、私は、いなかったことになるんです。
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂ければ幸いです。
ホラーといえばアレということで・・・
こういう系の話って、恐怖もありますけど、人間の狂気に近づいていく感じは面白いです。
この手のは何でも夜中に読んでると気味悪いです。 平気な人はSAN値がまだ高いんでしょうw
ホラーも大して読んでないですが、信号手とか、猿の手とかいいですね。今思うと、あまりホラーと意識せずに読んでた気がします。
タイトル忘れましたけど、あるキーワードを教えられて、それを口にすると周りの人間が皆離れていく、という話があって、これはもうホラーだと思うんですが、それも思い出しました。