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1-17 窮地

 ――地下十三階層。

 俺とサラは一進一退の攻防を続けていた。

 対するは三体の蜥蜴人。先ほどと同じ構成で、普通に戦えれば完勝できるはずだ。

 ただし、少し場所が悪い。

 沼地だった。足元がぬかるんでいる。

 剣士のサラは足を取られ、本来の動きができていなかった。


「――《アタックァーズディビルド》!」


 上手く腰の力を使えず、攻撃の威力が弱くなっているサラに支援術をかける。

 攻撃力増加の支援術だ。そうして本来なら蜥蜴人の堅い鱗に弾き飛ばされそうだった甘い攻撃が、しかし俺の支援術により、蜥蜴人の一体に深い斬り込みを入れた。

 同時に、ズン……! と一気に体が重くなるような感覚があった。

 体力が一瞬で抜き取られ、僅かに視界が揺れる。

 支援術は、俺の生命力を代価に術を起動している。

 ゆえに効果の高い支援術を起動すれば、その分俺の体力が毟り取られていくのは当然だ。


「破神流剣術二式――」


 俺の支援術を受けて、サラが無理やり体勢を立て直す。

 だがすでに、一体の蜥蜴人は剣を振りかぶっていた。後は振り下ろすのみ。いくらサラとはいえ、受け止めるだけで精一杯かもしれない。そうなったら残り一体に隙を晒すことになり、危険だ――と、俺がそう思った瞬間のことだった。

 その瞳に、冷徹なまでの殺気が宿った。

 下がったところから見ている俺が、思わずぞっとしてしまうほどの。


「――《雷剣》」


 剣が、迸る。

 それはまるで地上を襲う雷のように、音が遅れて聞こえた。

 蜥蜴人の剣を振りかぶっていたはずの右腕が、いつの間にかくるくると宙を舞っている。


「はぁっ!!」


 そしてサラは最後の蜥蜴人の懐に潜り、そのまま小さな体でタックルをくらわせる。

 蜥蜴人が膝をついた時には、振り切っていた剣を引き戻し、再び振るう体勢を整えていた。

 だが。

 サラの一撃は、まさかの空振りで終わる。

 蜥蜴人はその強靭な脚力で、一気に後退することに成功していた。

 サラは渾身の一撃が空を切ったことで若干バランスを崩していたが、その時踏みつけた泥の地面のせいでずるりと足元をすべらせた。

 まずい。

 サラのモンスター相手の戦闘経験不足がここでまだ顔を出した。

 あのタイミングから回避するのは人間なら不可能だったのだろう。だからサラはかわされないと決めつけて対処した。だが蜥蜴人には、人間にはなしえない柔軟な肉体と強靭な脚力がある。サラはミスを自覚したのか、顔を苦渋に歪めて歯噛みした。

 モンスターの体格と特徴をよく頭に入れて戦わなければ、それは危機に繋がる。

 すでに疲労していたサラは転んだ状態からの動きが遅い。

 対して――この沼地こそを生息地とする蜥蜴人は一瞬で立ち上がった。

 そしてサラの様子を見て好機と判断するや否や、大地を吹き飛ばすような勢いで突貫する。

 もしかすると、サラにはこの状態からでも逆転する秘剣を持っているかもしれない。

 だが、それを頼りにするには少々状況が危険すぎた。

 ゆえに俺は動いた。まったく本意ではないが、しかし他に打開策がない。


「《ディフェンシブス》プラス《カゼプトフィリングス――スピードスター》ッ!!」


 自分の体に支援をかけることで、蜥蜴人以上の速度でサラのもとに駆け付ける。

 サラに強力な支援をかける手もあったが、距離があると支援術の使用に時間がかかる。

 支援術が対象に届く速度というのは、かなり遅い。だから、間に合うか微妙なところだったのだ。


 俺は仲間の力を引き上げる支援術師だが、自分にバフをかけられないわけではない。

 自分自身の力を引き上げることだって、当然できる。というよりむしろそっちの方が得意だ。支援術は、対象との距離が遠いほど効果が悪くなる。支援術が対象に届くまでの間で、霧散してしまう部分があり、効率が下がってしまうのだ。

 つまり、支援する対象が俺であれば、百パーセントの性能を発揮できる。その上ゼロ距離なので、支援術の使用に時間もかからない。

 だから俺が戦闘に参加していないのは、別に支援術師という職業のせいではない。

 それは、もっと単純な話。


 ――俺には、戦いの才能と呼べるものがまったくないからだ。


 蜥蜴人とサラの間に割り込んだ俺は、しかしアクションを起こすことはできなかった。

 というより、何かアクションを起こそうとした時にはすでに吹き飛ばされていた。

 体に激痛が迸る。ぬかるんだ地面を転がり、泥がびしゃびしゃと跳ねた。

 結局、咄嗟の判断が遅いのだ。運動神経がないとでも言うべきか。だから俺は防御支援を重点的にかけた部分に蜥蜴人の攻撃を直撃させることぐらいしかできず、今こうして地面に這いつくばっている。

《ディフェンシブス》で体の防御力を引き上げていたので大怪我はしていないし、揺れる視界の中でサラを見やると無事でいてくれた。

 それどころか、蜥蜴人が俺に気を取られた隙を突いてちゃんと倒しきっている。一応、俺の目論見は果たされたわけだ。

 だがサラは戦闘を終わらせた後、這いつくばる俺の様子を見て呆然としていた。

 ――なぜ庇ったのか? と、そう瞳が尋ねていた。

 ……大した理由なんてない。ただ、サラが蜥蜴人に倒されるかもしれないと思った。一応防御の支援術はかけていたが、剣で首を狙われたりすれば守りきれるものではないし、蜥蜴人の攻撃から確実にサラを守れるほど効果の高い支援術ともなれば、それだけ術式の発動に時間がかかるし体力も奪われる。

 なら、ある程度の効力の支援術を重ねがけした俺がサラを守った方が早い、とそう思ったのだ。

 ……いや、ここまで冷静に物事を考えてはいなかったな。


 サラが死ぬ。それはひどく怖いと、恐ろしいことだと思った。

 そう思ったら勝手に体が動いたんだ。

 目論見は確かにあったけれど、今考えると理屈を後付けしたようにしか思えない。


「……あの状況から、打開手段があったのか?」


 尋ねると、サラは頷いた。


「……うん。確かにちょっと危なかったけど、四式を使って受け流すつもりだった」


 その言葉を聞いて、俺はそっと息を吐く。

 破神流剣術四式。俺がまだ見たことない秘剣の一つ。

 サラにはまだ、その手段が残されていた。

 なら、俺のおせっかいだったわけだ。無意味な傷、余計な怪我と言ってもいい。

 だが、俺たちはまだパーティを結成して数日だ。

 お互いの戦力というものをちゃんと分析しきれていない。

 だから、そういうミスも出てしまう――というのは、言い訳なのだろうか。


「そうか……悪いな、邪魔して」

「ううん。わたしを助けようとしてくれたんでしょ?」

「……」


 サラの実力を見くびっていた俺が悪かった。

 ……弱いくせに、おこがましくもサラを助けようとした俺が悪かったのだ。


「ロイド、大丈夫?」


 駆け寄ろうとするサラを静止し、俺は痛みに顔をしかめながらも立ち上がった。

 鬱陶しい泥を払うが、なかなか落ちてはくれない。

 きっと洗濯した程度ではこの汚れは落ちないだろう。買い直しだ。

 ため息をつく。


「防御上昇の支援はかけてたからな。大した怪我じゃない」


 屈伸など体操をして体の調子を確かめると、多少痛むけれど移動の問題はなかった。


「そっか……なら、よかった」

 

 サラは胸を押さえ、安堵したようにそっと息を吐く。

 ちなみに攻撃を受けたのは脇腹だ。剣を横なぎに振るわれた。

《ディフェンシブス》をかけていなければ、腹をかっさばかれていただろう。


「やっぱり、あなたは――変わってなかったんだね」


 そんな風にサラは言った。

 嬉しそうでもあり、哀しそうでもある複雑な表情を浮かべて。


「それは、ロイドの良いところだとも思うけど……でも、これからはわたしの前には出ないようにしてね」

「防御の支援術もかけておいたし、別に無謀な判断をしたわけじゃないぞ」

「だとしても」


 硬質な声音だった。

 怒っているわけではないだろう。ただサラは、真剣に話していた。


「あなたは支援術師なんでしょ? だったら、支援術師としてわたしを助けてほしい」

「……分かった」


 珍しく真面目な様子のサラに気圧され、俺は大人しく頷く。

 ちょうど、その時だった。


「誰か――っ!?」


 この階層の奥地から、複数の人間の叫び声が聞こえてきた。

 ――助けてくれ、と。

 地の底から響くようなモンスターの咆哮と共に。


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