3.その理想は俺の理想
「少し、時間をください」
「構わぬ、存分に考えるがよい」
結果、あまり時間はかかることなく願いは決まった。
「決めました。私の師匠になって、私の旅に同行してください!」
「ふむ...まぁ、これについてはまた最初から始めればよいものだ、時間ならある。それにこいつなら或いは星を...」
そう小さく呟くと、頷いて答えを返す。
「よし、いいであろう。その願い、その任承った」
「はい!よろしくお願いします」
そう言ってフォールは深々と頭を下げ、顔を上げたときは晴れやかな笑顔だった。
「であるならば、まずは知識をさずけよう。そのためにも部屋を変えねばな、このように血の臭いの漂う部屋でする話でもあるまい」
フォールはこの部屋に入ってきた時、暗いながらもわかる範囲では、あちこちがボロボロでまさに廃墟じみた印象だった。この鉄のような臭いも、むき出しの鉄の骨組みの臭いだと思っていた。あたりを見回してみるも、暗い部屋なために血のような物は見受けられなかった。
魔王が手を2回たたくと、魔王を中心に波紋が広がりそこから見える景色が変わっていった。そして、臭いも薄れ、最終的になくなり、心を落ち着かせるかのような香りの部屋に変わった。その部屋は白い壁と天井に囲まれている。床には濃い紺色で、まさに夜空を表現しているような絨毯が敷かれていた。その絨毯の中心には黄色の点と線で蛇座と蛇遣い座を表すように点と線が描かれていた。
そして、もう一つ変化があった。先ほどまではなんとなくの輪郭と気配しか分からなかったが、黒いローブを着てフードを被っている人物が、魔王がいた場所で椅子に座っている。顔はあまり分からないが、フードからは黄金のような双眸が覗いていた。
その前には円い机ともう一脚椅子があり、机の上にはガラスでできたティーポットと白いティーカップにお菓子も用意されていた。これにはギャップに苦笑しかけたがなんとか抑えた。
「長い話になる、座って茶でも飲みながら聞くがよい」
「はい、失礼します」
そう言って魔王の目の前に座る。
「話す前に言っておくが、お前が俺をなんと呼ぼうと好きにすればよいし、言葉遣いも同じもの。オレは王ではないのだから。それに、女王となるべく育てられた者が敬語など疲れるだけであろうに」
「あ、そう?じゃー、そうするよ?」
フォールの肩から力が抜ける。全身に張っていた緊張の糸がなくなったような印象だ。
「ああ、構わぬ」
「って言っても、私たちからしたら君は王様みたいなものなんだよ?」
「確かにオレはお前たちを救ったし、守る。導くこともあるが、オレはそのように立派な者ではない。お前がここに来たときも言ったが、オレは悪だ」
「そうだったね、『この地において他の者を意図的に殺した者は悪とみなし、場合によってはオレが殺す』って言われたもんね」
「故にオレは悪であり、王ではない」
「それならなんて呼ぼうか」
「好きにするがよい。ただオレが悪であることを忘れるな」
「うーん、君、名前はあるでしょ?」
「いや、オレにはない。オレに名前をつける者などいなかったし、同じような名前で呼ぶ者しかいなかった」
それは、「王」か「魔王」を意味する言葉でしか呼ばれなかったことを意味していた。
「えー、じゃー、これから一緒に旅するのにそれは不便だし、名前決めようよ」
「いづれは決めねばならなくなるであろうし、構わぬぞ」
フォールは、ああでもない、こうでもないと考えていたが、そんな努力も意味なく魔王は言った。
「では、ヴェル・オールドとでも名乗るとしよう」
「ヴェルか、いいんじゃないかな」
「では、話を戻すが、まずお前は何を知りたい?」
「じゃー、君の、ヴェルのことが知りたい」
「それはオレのことか?それとも、魔王のことか?」
「まずは、魔王のことからで」
「そうさな、まずは魔王になる過程から話すとしよう。
我ら悪の象徴たる魔王は、その前の代の魔王の力を持った者が死した直後から、この南の世界においての12時間の間で、最も強い負の感情を抱きながら死したヒト属が選ばれる。
その負の感情の中でも、キリスト教のカトリック教会の用語の一つ、
七つの大罪の
『傲慢』
『物欲』
『嫉妬』
『憤怒』
『色欲』
『暴食』
『怠惰』
これらは特に強い。
今のところほとんどの魔王は南の世界の者が選ばれている。だが、北や東の世界から選ばれることもある。が、西の世界からは選ばれない。そして東の世界については前例はある。
初代のことは知らぬが、通常ならこの方法で選ばれる。
そして、選ばれた者は前の代の魔王の死から南の世界においての12時間後にこの部屋に強制的に転移させられ、その負の感情のレベルにあった魔王の力を与えられる。
そして、その力を制御出来なければただこの部屋を守るだけの獣となる。制御出来れば魔王として第二の生とでも言うべき物が与えられる。それに加え剣が2本与えられるが、旅に出るのだからいづれ見る機会もあろう。
たが、その剣は力が強すぎるためにほとんど使いどころがない。
そして、何事にも例外はある。生きていながらにして魔王に選ばれる者もいるが、この例外についても後にする。
ここまではよいか?」
「うん、だいたいは、いいかな...」
フォールは目の前の魔王も、ヴェルもそういった経緯で魔王になったと考えると、自分の境遇も酷かったが、同情していた。そして、それは顔にでていたらしい。
「同情は要らぬ、同情だけで何かが変わるわけではないし、既に終わったことだ。それに、お前とて同情されるべき立場であろうに」
「うん、ごめん...」
「謝罪を求めたわけではないのだがな...まぁ、よい。余計な補足をするが、俺の希望は託してある。悲嘆するような ものでもない」
そう言ったヴェルにフォールは少々驚いた様子をみせながらも頷いて返す。
「次はオレ自身の話になるがよいな?」
「うん、お願い」
「オレの話と言っても、どこから話したものであろうか...
まず、オレは先に話した生きながらに魔王になった例外だ。
オレは前の代の魔王に直接指名されて魔王となった。故にオレの立場は曖昧だ。
幸か不幸かオレの力は北、西、東、南の世界においては、ほぼ全知全能に近いと自負できるほどの力を有している。故にこの立場でも充分安定しているのだが、希にいるのだ。オレの力を持って行きかねない次期魔王候補が。
そういった者達はオレが魔王になった瞬間に抱いていた負の感情より強い負の感情を持って死ぬ者たちだ。
その対処については、オレが負の感情を強めれば止められるが、詳細について話してもよいが特に意味のあるものでもあるまい。
して、フォールはオレの何が知りたい?」
少し間があき、フォールは言う。
「何がと、具体的に聞かれると困るけど...まずは、何で悪を名乗る君は私たちを救うみたいな偽善者じみたことをしてるの?」
「ハハハっ!!」
ヴェルはこの者からは考えられぬほど笑っていた。
「お前はオレを偽善者じみたと、偽善者ではないと言うかっ!!そうかそうか、オレはまだ偽善者にすらもなれていないと言うか!」
ヴェルがひとしきり笑ってから続きが出てくる。
「許せ、全知全能に近いと自負しておきながらに己のことがみえていないことがわかったことが嬉しくてな。確かにそうであるな、悪がこのようなことをしていては、偽善者にすらもみえようはずもないか。
まぁ、まずは質問に答えるとしようではないか。
何故オレがお前たちを救って、この地に連れてきたかということでよかったか?」
「そうだよ、それがまず知っておきたい」
「オレの次の魔王をださないためだ。先に言ったようにヒト属が死した瞬間に魔王に選ばれる。そして、オレは指名されたという不安定な立場にある。故にオレはお前達が負の感情を持って死ぬことのないようにこの地に連れてくる。
あとは、記憶を覗くためと...
それと、俺の理想だからだ」
二つ目には覚えがあった。死の直前にそれを承知の上で救ってもらったのだから、覗かれたことに文句はない。もっとも、覗かれて困るような記憶もないフォールにはあまり関係なかったのだが。
そして、三つ目の答えは気になったし、聞けば答えてくれるとも思ったが、今のフォールでは聞いてはいけない気がした。
「次の質問、ここに連れてくる人達の基準はないの?」
「ある。簡単に言ってしまうが、
歳はそれぞれの世界においての16歳以下であること。
西の世界からは連れてこない。
死に際にまで苦しんでいた者。具体的には窒息死や餓死などだが、これはその者が抱えている負の感情によって様々変わる。
他は、自殺した者。
そして、チェンジャーならばどんな死に方であれ連れてくる。
だが、その土地それぞれの法に触れるようなことをした者は連れて来ないことが多々ある。
と言ったところであろう。
チェンジャーについては、シナリオに逆らえる者達を、勝手にオレがそう呼んでいるだけだ。シナリオについても後に説明しよう。
これでよいか?」
「うん、だいたいは」
説明回となってしまいましたが、結局世界についての説明はなしです、ごめんなさい。今度こそ、次回こそ、その説明をします!ただ、その次回が2週間ほど後になると思われます。11/18
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