8、楽しみな朝
鳥が鳴いている。布の擦れる音がする。遠くで何かがパタパタと駆けていった。畳の匂い。嗅ぎ慣れない、消毒されたような清潔な匂い。汽笛の音。枕元のスマホが振動する。そこでようやく、周りが明るくなっているのに真白は気付いた。
目を開けば緑色に点滅するスマホ。緑色はLINEの通知だったはず。時間を見れば八時十七分。六時過ぎの高校生活からすれば、有り得ないくらいの大寝坊だった。
(そういえば、幸斗くんと約束してたっけ)
約束とは言え、まだ時間に余裕はあるけど、と思いながらLINEを開く。
「うわぁ」
約束忘れるなよ、から始まりちゃんと起きてるか、返事しろ、寝てるんじゃねーだろうな、と七時を過ぎたあたりからは大体二十分置きに来ていた。どんだけ暇なんだろう、と呆れて遡れば、最初のメッセージは五時半。存外、幸斗も高校生活に侵食されているのかもしれない、と小さく笑って返事を返す。
(真白)「今、起きたよ」
(ゆき)「やっと起きたか。おせーよ」
まさかの即レスに驚くも、理不尽な物言いに少しの腹立ちを覚えた。
(真白)「別に約束の時間には間に合うよ」
(ゆき)「いつも五時起きって言ってただろ?」
(真白)「昨日は疲れてたし、休みの日は別だから」
(ゆき)「それ、駄目な奴じゃん」
寝起きから面倒な会話をしてしまった、と真白はLINEを閉じる。起き上がって閉められていたカーテンを開けば、眩しい朝日が瞳を照り付ける。
(晴れて良かった)
昨日のあの後に、真白は幸斗と連絡先とLINEを交換して、今日、また朝から祖母について調べる事を約束した。いつの間にか手伝う事になっていたけれど、真白の心はずっと楽になっていた。
(誰かに会うのが苦しくないなんて、どれくらいぶりだろう)
「あ、やっと起きた」
不機嫌そうな声に振り返れば、里子が扉から顔を出していた。見ればくしゃくしゃになった布団に亜希の姿は無く、真白が最後だったのだと気付く。
「朝ご飯、用意してもらうから、早く準備してきなさい」
「はーい」
いつもなら母の不機嫌な声を聞くと嫌な気分になっていたが、今日はそれでも良い日になりそうだ、と真白は大きく伸びをして笑った。