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7、傍にいる優しさ

「小夜!」

「ゆきお兄ちゃん!」

「勝手にいなくなるなよ。心配しただろ」

「ごめんなさい。でもね、綺麗な歌を聴いていたのよ。ゆきお兄ちゃんにも聴かせたかったわ」

「歌?」

 幸斗が怪訝そうに真白を見るので、真白は慌てて首を横に振る。

「誰か、いたのか?」

「とっても綺麗な女の人よ。私と真白お姉ちゃんより髪が長いの!」

 親戚か、と問う視線に、真白は再び首を振る。違うけれど、人魚の事を話す事も出来なかった。

(人魚なんて、そんな非現実的な事、言っても信じられないだろうし)

「とにかく知らない人についていくのは止めろよ」

「今日、知り合いになったわ」

「それでも、だ。今度は俺もついていくからな」

「……はーい」

「良し、いい子だ。俺はこいつと話があるから、もう少しだけあっちで遊んでいてくれ。あんまり離れるなよ」

 兄妹の会話が真白の耳を流れていく。幸斗はまだ納得していない。問い詰められるのが真白は怖かった。

(どうしよう、人魚なんて言ったら笑われる。変って思われる。でも、他に何て誤魔化せばいいの)

「――い。おい!」

 不意に掴まれた肩に驚いて、そしていつの間にかすぐ目の前に金糸の髪と翡翠の瞳があるのに気付いて、思わず後ずさった。

「ちょっ、やっと反応したと思ったら何だよ。さっきから様子が変だぞ。一体何があったんだ」

「な、何でもないです。ちょっとボーとしちゃっただけです」

「本当?」

 頷いて、またうつむく真白に幸斗は慌てたように続ける。

「あ、いや、その……。さっきはすまなかったな。急に取乱して。声、かけてくれてありがとう」

 予想外の謝罪の言葉に恐る恐る真白が顔を上げれば、バツが悪そうにそっぽを向く幸斗の姿があった。その姿に真白は急に自分が酷く恥ずかしいものに思えた。

 そして、気付けば声が出ていた。

「――私も信じられない、から」

「は?」

「絶対、変って思われるから」

 右のポケットに入れてある栞に、ワンピースの上から触れる。お守り代わりの栞は、陽に当たって温もりを増していた。

 また無言になった真白の異変を感じて、幸斗は問い詰めようとした口を閉ざす。昔の自分を思い出す。その時、よし子は言わなくても良い、それは駄目な事ではない、と優しく背を撫でくれたのだったと、幸斗は真白を見つめる。真白も顔を上げていて、目が合った。

「なぁ、言いづらい事なら無理に言わなくても――」

「――ぎょ、がいたの」

「え?」

「人魚がいたの」

 波の音も胸の鼓動もやけに大きく響いてくる、と真白は思う。目の前で百面相をしている幸斗の行きつく先は分からない。栞を握る手が震える。

 幸斗は最初何を言われたのか理解できず、ようやく頭に入ってきた時、何だか色々なものが腑に落ちた気分になった。屋敷の中に多く散らばる人魚の絵や本。日記の中にも人魚のようなよく分からない生き物の話しがいくつもあった。人魚の絵が描かれた栞もあった。

(よし子さんも、この海には人魚がいるってよく言ってたな)

「……そっか」

 思わず漏れ出た言葉は、どうしてかまた真白を怯えさせたようで、幸斗は慌てて言葉を繋げる。

「さっき小夜が言ってた黒髪の人?」

「う、うん」

「金髪のやつじゃなくて?」

「違う、よ。どうして?」

「日記に書いてあった。黒髪は知らない」

 それからおずおずと真白が差し出した栞を見て、幸斗は口の端が上がっていくのを感じた。何が起きているかは分からないが、手掛かりがすぐそばまで来た気がした。

「ねぇ、どうして? どうしてこんな滅茶苦茶な事、信じるの?」

「あー、日記に異常なくらい人魚の話出てたし、何か本当にいるみたいに。嘘だと思って呼び飛ばしてたけど」

 “嘘”という言葉に真白は体を強張らせる。前にも同じ言葉を言われた事を思い出して、目を固く閉じた。

「――だけど、よく思い出したらよし子さんも言ってたんだよ。この海には人魚がいるって。で、この栞にある人魚も日記に何回も出てきた。本当に人魚じゃなくても、それっぽいのがいるっていうのは意外とありそうな話だと思うけどね」

 真白は一体何を言われているのか分からなかった。ただ、夕陽を受けてきらめく淡い金の髪が、波の音に合わせて静かに揺れる様子が綺麗だと思った。真白を何の侮蔑もなく真っ直ぐに見つめる翡翠の瞳が綺麗だと思った。真白の言葉を全てというわけではないけれど、肯定してくれるその言葉を嬉しいと思った。

「え、ちょっ⁉ 何で泣くんだよ!」

 ギョッとした幸斗に意味が分からず、真白は瞬きを繰り返す。ただ、目元に手をやってみれば冷たいものが滴っているのに気付いた。

「あ、れ? 何で?」

「何でって、聞きたいのはこっちの方だよ」

 止めようと思ってもポロリ、ポロリと涙が落ちていく。急いで拭おうと真白は思ったけれど、拭って痕がつけば亜希や里子に変に思われると、あげかけた腕を下ろした。別の事を考えて止めようとするけれど、一滴、また一滴ゆっくりと涙は流れていく。それくらいあの言葉が嬉しかったんだと思い知らされた。


 そして、真白の涙が止まるまで、ただ黙って待っていてくれた幸斗の優しさに心が包まれたような気がした。

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