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4、祖母を知る人

 扉を開けて最初に見えたのは、差し込む陽の光。それが和らぐと、部屋の様子が見えてくる。中央には広めのベランダがあって、柔らかなカーテンが風にたなびいている。その前には布のかかったキャンバスが立て掛けられている。

 カタン、と音がする。右を向けば、ロッキングチェアに座るお人形がいた。いや、よく見れば生きてる、小学4年生くらいの女の子だった。伸ばした黒漆のような髪を椅子から贅沢に垂らしている。フリルをふんだんに使った桃色のワンピースは腰の所からふわりとボリュームを取っていて、ニキビもない滑らかな肌を見れば、本当に人形のように綺麗だった。

(――って、ちょっと待って。何でこのお屋敷に人がいるの? おばあちゃんはずっと一人だったんじゃ?)

 こんな小さな子が親も連れずにここに来られるのだろうか。そもそも鍵のかけてあったお屋敷に何故入れているのか。訳が分からないけれど話を聞かなければならない、と真白は穏やかに眠る少女の方へ歩いていく。

「ねぇ、何してるの」

 少女ではない、声変わりを終えた低い声。慌てて振り向いて、息を呑んだ。

(栞の、人魚だ……)

 祖母の栞に描かれていた人魚と同じ、鮮やかに澄んだ金色の髪を持つ少年が真白の目の前にいた。くせの無い金色の髪は陽を受けると、透明な細い糸みたいに流れていくことを真白は初めて知った。翡翠の瞳は、淡く透明に輝いて、森の中でゆるやかな風を浴びているような、穏やかな気持ちにさせてくれる事を初めてしった。綺麗な顔で綺麗に笑うものだから、優しい人なのだろうと真白は思ってしまった。少年の細身の体や白い肌から感じる儚さも、それを助長していた。

 けれどそれは、少年の放った言葉で消え去ってしまった。

「ねぇ、あんた誰? 誰の許しを得てここに入ってんの。不法侵入で訴えるよ。それとも、あれ? 俺の言葉に反応できないくらい俺に見惚れてる?」

 俺って本当美しいからなぁ、と一人頷く少年に、真白は先程とは別の意味で言葉を失った。何だ、このナルシスト。

(いや、ってか、あんたの方が不法侵入じゃ……)

「私はこの家に住んでいた人の家族です。今日は遺品整理のために来たんです。あなたこそ、どうやって——」

「は? この家は俺の家のものだぜ。俺、お前のこと知らないけど」

 話は最後まで聞こうよ、という怒りは抑えつつ真白はかみ合わない話に眉間に皺を寄せる。どういう事?

「どういう事ですか? 私の祖母は確かにここに住んでいたはずですけど」

 真白の言葉に、少年は腕を組んで眉間に皺を寄せた。それでも様になっているのが、どうしてか憎らしい。

「あっ! 分かった。お前、よし子さんの孫だろ」

「よし子? あ、そうです。よし子おばあちゃんの――」

「あぁ、なるほど。合点がいった。確かにあんた自分の、じゃなくてこの家に住んでたって言ったもんな。なるほど、そっか」

 一人納得した様子の少年に、真白は頬が引きつった。先程感じた儚さは欠片も見当たらない。どうやら陽に当てられたらしい、と真白は思う事にした。

「あの、それであなたは?」

「え、あぁ、だからこの家の本当の持ち主。白鷺(しらさぎ)家の次男だ」

 え? とよくよく少年の姿を見てみれば、半袖の白のカッターシャツは皺一つ染み一つ見当たらないし、下はジーンズとかレギンスとかそんな安っぽいのではなく、名前は分からないけれど一般庶民ではない感が盛大に漂うものだった。少年の履いている靴だって、公立校のローファーみたいな軽いものじゃなくて、大人の男の人が履いているようなどっしりと重たい感じのする革靴だ。

 未成年のように見えるのに着ているものは普通と違って、しかもそれを難無く着こなす彼を、一体どうして不審者なんて思ったのだろう。この家は自分の家のものではないのに。数分前の自分を殴りたい、と真白は恥じた。

 コツリ、と目前の革靴が前に踏み出される。その音だけでビクリと肩を震わせれば、少年が微かに笑う声がした。怪訝に思って真白が顔を上げれば、確かに少年は口を手で覆って肩を震わせていた。

「ふふふ。何? ビビった?」

「……驚いただけ、です」

 そういえば、少年は最初からタメ口で軽い口調だったな、と思い出す。そういう事か。

「俺が近づいただけで肩震わせたじゃん」

「いきなり近づいてきたから驚いただけです。それに、ここに白鷺家の方が来るとは思っていなかったので」

 ただの根拠の無い噂を思い出して、それを信じていた自分を恥じて、真白は顔をそむけた。普通に白鷺の人もこの屋敷に来るし、それが当然なんだと。  

けれど、

「小雪おばあ様が変死した呪われた場所、だから?」

 ハッと顔を上げれば、大きく目を見開いていたようで、それを認めた少年が困ったように笑って頬をかいていた。

「あんたの言う通り、俺の家の奴はここに好んで来たりしない。俺がモノ好きなだけさ」

 そう皮肉気に口の端を上げる少年は、どこか苦しそうに見えて、初対面の人に何てことを思っているのだろう、と真白は慌てて思考を追いやった。

「真白―。さっさと降りてこいってお母さんが……、あら美少年」

 追いやって視線を移した先には亜希が立っていた。ただ、そのあんまりな一言目に自分の失態を忘れ、真白はがっくりと肩を落とした。何だこの姉妹。

「お姉ちゃん、あけすけ過ぎ」

「いいじゃない。美少年は美少年よ。で、何でこんな所に?」

「初めまして、お姉さん。俺は白鷺幸斗(ゆきと)、そっちで寝ているのが妹の小夜(さよ)です。今日はよし子おばさんが住んでいた家が無くなる前に、もう一度ちゃんと見ていたくて勝手に上がらせてもらいました。何も言わず、突然来てしまってすみません」

「あら、丁寧にどうも。謝らなくても、ここは白鷺の方の持ち家なんですから、自由にしてもらって大丈夫ですよ」

 姉がしとやかに微笑み、さっきまで偉そうにしていた少年が丁寧な敬語でへりくだっている。そのはちゃめちゃな光景に内心失笑しながら、これでようやく離れられると、真白はほっと息を吐いた。だから、いきなり右腕を捕まれた時、えっ、と声をあげてしまった。

「どうも妹は飽きてしまったみたいで。真白さんが遊んでくれるって言ってくれたんです。俺も同年代の人と話してみたかったし」

 そんな事を言った覚えはないとか、名前をいつ知ったとか、疑問と疑念が頭を巡る。慌て過ぎて、意外に強く握られた腕に、真白の体は上手く動いてくれなかった。

「少し、お借りしてもいいでしょうか?」

 部屋から出る前に見えたのは、姉の興味津々という嫌な顔だった。


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