24、先への約束
「ふーん。よし子さんがそんな事をね」
真白が家に帰る日、ユキとの短い話を幸斗に話せば、初耳という顔をされて真白は驚いた。
「日記、読んでなかったの?」
「見つけたばっかだったし、真白来るなら一緒に見ようって」
真白の後ろで荷物を積む音が聞こえる。屋敷の遺品整理を終えて、ようやく家に帰れる。そう嬉しそうに話す亜希と里子から離れて、真白は幸斗と別れの挨拶をしていた。
(会えなくなるのは淋しいなぁ)
LINEでやり取りが出来るだけマシかな、と思った真白の額に衝撃が入る。幸斗にデコピンをされていた。
「痛い」
「んな顔してる奴が悪い」
「……このお屋敷にいれなくなるのが淋しいんだもん。幸斗くんや小夜ちゃんとも会えなくなるし」
「LINEがあるだろ」
「それでも、だよ」
真白の言葉に幸斗は顔を赤らめた。すぐそっぽを向いて、屋敷の方へ視線をやる。言うかどうか迷っていたが、言う事に決めた。
「あの屋敷さ、壊す予定だったろ?」
「うん。邪魔だったみたいだからね」
「それ、俺が何とか言って壊さないようにしてもらう」
「え? そんな事出来るの?」
「分かんねぇけど、やる。真白のせいだからな」
「私の?」
「真白が俺にこんな変な行動させるんだ。責任取って毎年、屋敷の掃除をしに来いよ」
幸斗が真白の方を振り返る。真白はまじまじと雪とを見つめて、それはもう穴が開くくらい見つめて、そして笑った。泣き出したい気持ちだった。
「うん、行く。絶対行くよ。幸斗くんも小夜ちゃんと一緒に来てね」
「持ち主なんだから当たり前だろ」
「そうだね」
「真白―! 行くわよー」
後ろを振り返って、里子たちに返事をする。そして幸斗に向き直って言った。
「幸斗くん、本当にありがとうね」
「何度も聞いた」
「何度でも言うよ、ありがとう」
じゃあ、またねと真白は車の方へ駆けていく。幸斗はそれをずっと見つめていた。
車に乗り込めば、シートベルトを止めるように言われる。里子の口調は相変わらず不機嫌そうだったけれど、真白はその事でもう落ち込む事はなかった。
(いつか、お母さんにもおばあちゃんの事を知ってもらおう)
手提げに入れたよし子の日記を思い返して、真白は思った。
車が走り出す。青く晴れた空が動き出した。風が吹く。嗅ぎ慣れなかった海の少ししょっぱい匂い。今はそれが心地よく感じた。栞を太陽にかざせば、金色の人魚と青い花びらが同じ場所にいるのが見えた。それを見て、真白は笑みを浮かべた。
(おばあちゃん、幸斗くん、小夜ちゃん、ユキさん、ハルさん、ありがとう)
海が遠ざかる。優しくしてくれた人とは離れてしまうけれど、真白の心には温かい記憶に溢れていた。今はそれだけで大丈夫だと思った。
カモメが鳴く。車のエンジン音が響き渡る。海がさざめいていく。色んな音の中で真白はシートに背を預けて目を閉じた。
耳元でぱちり、と水の跳ねる音が聞こえた。耳に心地よい音だった。
(終)




