20、真白の違和感
「真白、これお気に入りでしょ。綺麗にしておいてあげたから」
夕暮れ時、宿の寝室で風を浴びていた真白に、亜希が声をかける。手渡されたのは、海で溺れたあの日着ていた、若草色のワンピースだった。乾燥までちゃんとしたから、と言って去っていく亜希にお礼を言って、真白はワンピースを目の前に広げた。
(そっか、私、溺れたんだよね)
正直、痛い事と苦しい事しか覚えていない。水底に沈んだ時、微かに見えた金色の光はなんだったのだろう、と真白は疑問に思った。沈めようとしたのはハルだったらしいが、幸斗が助けたのでないなら、真白を助けたのは一体誰なのか。その事が未だ、心に引っかかっていた。
「あれ?」
ワンピースの左袖の裏側、少し奥の方に糸が張り付いていた。ほつれたのかと取ってみれば、それは腰まで届くくらい長い漆黒の髪だった。
「これって……」
最後にこれを来たのはあの日。家族も真白も、そこまで髪は長くない。では、一体、誰の?
考えて思い至った結論に、真白は急いでスマホを取り幸斗にLINEを送る。
(真白)「私を助けてくれたのが誰か、分かったかもしれない」
既読はつかない。けれど、ハルの事を毛嫌いしている幸斗に、早く自分の考えを聞いて欲しいと思った真白の足は、自然といつもの手提げが置いてある隣の部屋へ向かっていた。
「真白、どこへ行くの?」
テレビを見ながらお茶を飲んでいた里子が、身支度を整える真白を見上げる。亜希は外出中らしく、見当たらない。
「ちょっとお屋敷の方まで」
「今から?」
「今日、幸斗くんがあそこに泊まるらしくて、伝え忘れていた事があったから」
「メールでいいんじゃない?」
「急ぎだし」
外へ出るのを止めようとしない真白を、里子は訝しげに見る。
「あんた、いつも二階でこそこそ何してるの?」
「こそこそって。面白そうな本があるから見ているだけだよ」
日記も本の内だから嘘ではないよね、と真白は手提げを肩に掛ける。
「面白そうって、あそこには人魚とかそういう訳の分からないものしかないでしょう」
里子の顔は、心配というよりはよし子に関わる事に近づいて欲しくないと言っているように真白は感じた。
(どうしてお母さんは、そんなにおばあちゃんが嫌いなんだろう?)
「お母さんは、おばあちゃんが嫌いなの?」
疑問が自然と口に出て、あっ、と真白は口を押える。里子はハッとして真白を見る。
「やっぱりあんた、何か隠してるでしょう?」
「おばあちゃんの昔の事を調べてるだけだよ。優しかったおばあちゃんの最期を知りたいだけ」
「あの人が優しい? バカね、あの人は家族を捨てた最低な人よ」
そう吐き捨てる里子を見て、真白は酷く悲しい気持ちになった。ただ、確かによし子は家族と会わないと言っていた、と思い出して疑問に思う。
(おばあちゃんは何を思っていたんだろう)
「だから、あの人の事考えるのは無駄よ。止めておきなさい」
そして、よし子の事を恨み続ける里子は、一体どれだけ苦しいのだろう、と真白は胸が苦しくなった。
「私が知っているのは、人に優しく出来るおばあちゃんだから。お母さんが見てきたおばあちゃんは知らないけど、それが私の見たおばあちゃんだから。私は私の見たものを信じるよ」
そう言って、真白は部屋を出て行った。里子がどんな顔をしたのかは、分からなかった。




