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15、浮かんだ先に見えたもの


「―しろ! 真白!」

 焦ったような、必死な声が聞こえて、瞬間、真白は喉を焼かれるような息苦しさを取り戻した。

「っ!」

 体中の水という水が逆流するような、頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱されるような痛みが巡る。激しくせき込む真白の背には、誰かの手が添えられていた。涙と汗と何かの水でぼやける視界に、金糸の髪がよぎった。

「おい、大丈夫か? 息、出来るか?」

 真白の視界に幸斗の顔が映る。泣く寸前みたいに、深く眉が寄せられていた。それでも綺麗に見えてしまうその顔に、真白は少しだけ笑った。

「何、笑ってんだよ」

 真白は首を弱く振って、起き上がろうとする。幸斗の手を借りて起き上がれば、また軽くせき込んだ。

 見れば、そこは人魚の洞窟の中だった。茜色だった太陽は、既に沈み始めている。洞窟の端には闇が迫っていた。

「……どうして?」

 酷く体が重たい。来ていた服が水を吸って、体に張り付いてくる。どろり、とまとわりついてくる生暖かさが、余計に気持ち悪く感じた。

酷く喉が渇いて、海を見た瞬間、真白の脳裏に水底に沈んでいく情景がありありと浮かび上がった。

「っ!」

 響く痛みに頭を押さえる。嫌な汗が流れて鼻を頬をつたった。幸斗が真白の背をさするのが分かった。

(どうして、ここに幸斗くんがいるのだろう)

 仰ぎ見れば、困ったような怒ったような顔を向けられた。

「どうしてって、真白が急に出て行くから。何で急に機嫌悪くなったんだよ。どうして、こんな所で」

「あーあ、助かっちゃったね。残念」

 ハッと声のする方を見れば、切れ目の波間に金色の人魚ハルがいた。前と同じように笑みを浮かべているが、細められた瞳は全く笑っていなかった。

「良い感じに淋しそうにしてたから招いてあげようと思ったんだけど、失敗しちゃったね」

「あんたが噂の人魚さんかよ。真白をどうするつもりだったんだ」

 幸斗の声が震えているのが、真白には分かった。真白は体をハルの方へ向けるだけで精一杯だった。

「どうって、寂しそうだったからボクの住むところへ連れて行ってあげようかなって思っただけだよ。抵抗しなかったら苦しくなかったのに、抵抗しちゃうからさ。思わず手を放しちゃった」

「連れて行くって、殺すのと同じだろ!」

「殺すっていうのは無粋だね。こんなこじれた人間の世界から解放するだけさ。ねぇ、栞のお嬢さん。苦しかったんだろう? この場所にいるのが」

 光彩の無い瞳を向けられて、真白は喉を引きつらせた。

(そうだ、苦しい。怖い。怖いけれど、死ぬのは嫌だ。なんて、わがままなんだろう)

「人間って、怖い怖いって思うのに、よくそこに留まろうって思うよね。出来ないだけなのかな? 出来ないから他の人間に意地悪をして、首を絞めていく。君、栞のお嬢さんの事心配なんだろう? 栞のお嬢さんはとても繊細な心の持ち主だ。この歳の人間にしては珍しいよ。心配なら汚れたこの世界から解放してあげるのが優しさってものじゃない?」

 澱みなく話すハルに真白は戸惑いを隠せなかった。

(この人の本当、はどこにあるんだろう)

 あの哀しそうな表情やユキの唄を愛するハルとこのハルは同じなんだろうか。人魚だから人間には理解できない? そうなんだろうか、と真白は思った。

「苦しいなら殺した方が良いなんて、そっちの方がどうかしている! 真白を殺させなんてさせねーよ!」

 胸が苦しくなった。上手く息が出来ない。体が震えた。幸斗の言葉に、真白は瞳を潤ませた。

(会って、まだ殆ど経ってないのに。こんな事思って、バチが当たらないかな……)

 今まで細められていた金の瞳が元に戻って、真白を見る。そして、そう、と乾いた声を出した。

「別に絶対必要ってわけじゃないし、好きにすればいいよ。ま、気が変わったら言ってね。いつでも迎えてあげる。会えれば、の話だけど」

 そう言って、ぱちり、と海の中に消えて行った。消える直前、ハルの金の瞳の奥に飢えを垣間見た気がした。

 ハルの消えた波間は、音もなく静かに揺らめいていた。



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