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10、宿題と笑顔

 時刻が昼を回った事を屋敷の時計が知らせてくる。真白と幸斗は部屋の中央のテーブルに向かい合うように座って、それぞれの勉強を進めている。小夜は幸斗の隣で画用紙と睨めっこしていた。必死過ぎて声がかけられないな、と真白は目前の参考書に意識を戻す。

 一体、何をしているんだろう、と真白は数学のノートを緑のシャープペンシルでつついてみる。

 あの後、急いで屋敷のお嬢様の部屋へ行けば、遅い! と一言目になじられ、理由とあの人魚の事を話せば夕方確かめに行こうという事になった。けれど、その間は部屋の捜索でもするのかと思えば、幸斗が言い出したのは勉強しようの一言だった。いわく、

「勉強しなくても合格できるっていう天才なの?」

 その言葉に仕方なく勉強道具を広げる真白だったが、いまいち身が入らなかった。あの光景を直接見た興奮が残っているのもあるが、真白にとって目的の無い勉強ほどつまらないものは無かった。目の前の幸斗は有名私立の赤本を広げていて、やはり嫌な現実を突きつけられている気がした。

(おかしいな、そんなの慣れたって思っていたはずなのに)

「真白って数学が苦手なの?」

「……苦手っていうよりは、嫌いかな」

「何で?」

「公式に当てはめれば終わりだから」

「何それ。それ、得意にならない?」

「得意ではあるよ。ただ、嫌だなって」

「嫌?」

「簡単に終わってしまうのは、嫌だなって」

「何で? その方が楽じゃん」

「うん。何でだろう。悲しくなっちゃうのかな?」

「悲しく、ね。ふーん」

 気のない返事に、自分から振った話題なのに、と真白は幸斗を軽く睨む。けれどその視線に気づかない幸斗は、そのまま言葉を続けた。

「よし子さんの孫だから、てっきり勉強とか出来ないのかと思ってた」

「は?」

「それ、国公立目指すなら十分なくらいの難易度だろ?」

「そうだけど。おばあちゃんって、その、勉強とかって」

 幸斗がシャープペンシルを置いて、背もたれに寄りかかる。きちんと磨き上げられたアンティークの椅子の背もたれには、若草色のシンプルな無地の布が掛けられていた。

「あー、もう全然ダメ。家事一般は一流なんだけど、それ以外はからっきしってやつだよ、よし子さんは。教えても、何か必要ないって感じだった。考え方が古いんだよなぁ」

 そう言って頭をかいている幸斗は、今日は黒のパンツと白のTシャツ、その上から七分のグレーのシャツを羽織っている。昨日会った時はカッターシャツだったので、ちょっと幼い感じに見えるのが真白には面白かった。

「でも、真白全然バカじゃないし。勉強嫌いってわけでもなさそうだし」

「バカって、さすがにそれは酷いよ」

「いいんだよ、よし子さん自分でバカって言ってたし。あー、でもよし子さん家族と殆ど会わないって言ってたし、似てないのは当然か」

「……勉強するのはお母さんの方針だから。知識は宝よ、って」

「へぇ、良い母さんじゃん」

 真白はその言葉に答える事が出来なかった。ただ、黙り込むのも良くないと思って、逃げるように小夜に目を向ける。小夜はまだ、画用紙と睨めっこしていた。

「小夜ちゃんは、何してるの?」

「あのね、昨日の女の人の事を描こうと思ったんだけど、上手く描けないの」

「昨日の?」

「うん。歌の綺麗なお姉さん」

「夏休みの思い出を絵に描きましょうっていう、面倒な宿題だよ。小夜は絵が下手だから見ない方がいいぜ」

「もう! ゆきお兄ちゃんのバカ!」

 じゃれあう二人を横目に、真白が小夜の絵を覗いてみれば、確かにお世辞にも上手いとは言えない絵がそこに描いてあった。彼女が座っていた岩は難しかったのか外されていて、胸の貝殻は描かれているけれど、あの豊かな黒髪は四方八方に伸びていて、人魚というよりは怒髪天をついた人のようだった。顔はにこやかに笑っているから、なおさら異様に見える。

「ふふ、ふふふ……」

 思わず笑いが漏れた真白はすぐさま口を塞ぐが、既に二人の視線を感じていて居たたまれなくなった。

(何、急に笑ってるんだろう、自分)

「えー、ちょっと真白お姉ちゃんまで、酷いわ」

「いや、当然の反応だろ。……ってか、初めて笑ったな」

「え? 本当! よく見て無かったわ! ねぇねぇ、真白お姉ちゃん。もう一回、もう一回笑って!」

「ほら、小夜の絵を見れば楽だ」

「ちょっ、ゆきお兄ちゃん、それは止めて!」

 予想外の反応に呆気に取られるも、先程の絵を眼前に持ちだされて、真白は再び吹き出した。その反応を兄妹は思い思いにからかい始める。

(どうしてだろう、この二人と話すのが、とても楽しい)

 進まない勉強に怖がりで笑わないような真白でも、一緒にいてもいいと言われたような気がした。




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