呪いと殺人者と悲惨な夢
神様がいるとしたらそれは残酷な生物だと言える。
生物?いや違うか、もっと違う存在だろう。
とにかく、神頼みなんてのは馬鹿のすることだ。
だから神様の手から逃れるには、それと関わりを持たなければいいのだ。神様だって暇じゃないはずだ。関わらないようにしてる者とわざわざ関わろうとなんてするだろうか。いや、しない。
呪いはまだ続いている。
僕にふりかかっている呪いは永久に解けないのかもしれない。
呪いのせいで毎日殺人欲求が止まらないのだ。
あれを殺したい。それを死なせたい。
神様だって、殺してしまいたい。
そんな呪いだ。あれは一年前の冬だったか、こんな呪いをかけられたのは。
居酒屋にいたときに突然そいつは現れて、今君のこと呪ったから、と言われた。
ひどいやつだった。あれは悪魔か。
それから僕の日常は変わった。誰とも会えない日々が続いた。会っているだけで殺人欲求に襲われてしまうからだ。
そんな僕も今年で二十七歳だ。もうこれ以上ひきこもった毎日を送るわけにはいかないのだ。
つまり呪いを解かなければ僕に未来はないということだ。
そこで作戦だ。
僕と同じような呪いにかけられた人間に会い、その人が呪いを解いたのならその方法を聞き、その人がまだ苦しんでいるとしたら協力して呪いを解くために一緒に行動する。
ひとりでは難しいことも、多人数なら案外あっけないものかもしれないじゃないか。
ここで重要なことは、呪いにかけられている人と面と向かって出会わないことだ。チャットとかを使って会話をすることだ。面と向かって会えば、殺人欲求と戦わなくてはいけなくなる。
僕はネットの海をサーフィンすることにした。
その期間は一ヶ月、二ヶ月と時間がかかったが、それでも僕は探し続けた。
ネットに隠された悲鳴を。
そして僕はついに見つけたのだ。呪いにかけられた人間を。その名は山田。
山田もひきこもりだそうだ。
僕とまったく同じパターンで呪いをかけられたらしい。彼の場合はコンビニエンスストアだったらしいが、その他はまったく同じだ。突然現れて、突然呪いをかける。恐ろしいやつだ。
僕はとりあえずその山田と会話を続けた。ネット上の相手ならば殺人欲求は沸かなかった。この欲求は面と向かって出会った者にしか発動しないらしい。
さて、僕らが話し合った結果、ひとつのことがわかった。その呪いをかけたやつは、この周辺に住んでいるのだということだ。僕も彼も、比較的近い場所で呪いをかけられている。やつはこの周辺を根城にしているのだ。
とすると、街を散歩するだけでやつに出会う可能性もある。
なるほど街を歩けないひきこもりにされてしまうから、やつは今まで同じ場所にいても無事だったのだ。もし僕たちが街を毎日練り歩いていたら、やつを見つけてやつを殺していただろう。恨みは募っている。
問題はただ一つ。
僕らは殺人欲求のせいで、外を出歩けないということだ。
そんな感じでうなだれていたある日のこと。僕はある転機と遭遇する。 その人の名は麻冬。
彼女はまだ十七歳程度の若人だったが、学校を中退してしまったのだという。
彼女には特殊能力があった。
『今自分にとって必要なものがわかる能力』
その能力が僕を感知したのだそうだ。
彼女も殺人欲求を持ち合わせていた。それが原因で学校をやめてしまったのだそうだ。
麻冬は僕に言う。
「一緒に奴をこの世界から葬る方法を考えてくれませんか?」
僕らは手を取り合うべきだった。
だが殺人欲求はいつでも存在している。僕は彼女を殺してしまった。
そして遺体を海に重りをつけて沈めた。
麻冬という十七歳を殺してしまった。
これはひどいことだった。しかも特殊能力を持った特別な人間を殺してしまったのだ。
だが待てよ、こういう人間が他にもこの世に存在しているのだとしたら、呪いを持ったあいつを殺してしまえる能力を持った人間がいるならば、その人の力を借りれば僕らは幸せになれるのではないだろうか。復讐を達成できるのではないだろうか。
麻冬の死を無駄にしてはいけない。
僕は人としての感情が欠落しているのだろうか。彼女を殺したのは僕なのに、その罪悪感がまったくといっていいほどにない。残酷なのは僕だったのだろうか。神様よりも、僕の方が残酷じゃないか。
まあそんなことを思いながら、僕はネットサーフィンを再開した。
今度は特殊能力を持った人間を見つける作業だ。
掲示板で能力者募集というスレをたててみて、二ヶ月後。
一人、見つかった。
その人はアルパカと名乗っている。男のようなイメージがあったが、ネットだから男か女かはわからない。スカイプを使って会話をしてみたところ、男だった。
山田も誘って三人で会話をしてみた。
その結果彼の特殊能力は念じるだけで爆発を起こせる能力だということだった。
マジやばいやつである。
そういうわけで僕らは彼に爆殺を期待したが、よくよく考えてみたら彼には犯人が誰なのかがわからないし、それに街中で爆発なんて起こしたらそれだけで騒ぎになってしまう。
僕たちにとって、彼はハズレ能力だった。
会うわけにもいかない。麻冬を殺したようなことがまた起こってしまう。
そんなある日、警察がやってきた。
行方不明になった麻冬を探しているのだそうだった。彼女は僕と出会うことを友達だった人に言っていたらしい。中退したのに友達はいたらしい。
僕は捕まらないために逃げ出した。そして人と顔を合わせないように注意しながら、影で息を潜めるようにして生活を始めた。ネットカフェで寝泊りして、スーパー銭湯で夜は汗を流した。
僕は、絶望的だった。
そんな時だった。僕は聞いてしまった。
「あなたのこと、呪いました」
その言葉を聞いたのだ。
そしてその声、聞き覚えがある。
いた。
やつだ。
「殺してやる」
僕はナイフを取り出して、走り出す。
一歩、二歩、三歩。
だが、気がついたら僕が刺されていた。そう、呪いをかけられた人が、僕に殺人欲求を向けたのだ。僕の胸に、ナイフが……。
いたい。
くるしい。
だが、死ぬわけにはいかない。僕は泣きながら叫んだ。
「お前が、お前が僕の人生を台無しにしたんだ。お前のせいで俺は殺人者だ。今僕を刺した奴も、お前のせいで日陰で生きていかざるを得ないようになってしまうんだ。お前がいなければ、こんなことには……殺してやる、殺してやる!」
僕もナイフを突き出した。
そしてひとつ気がついた。
この世は、地獄だ。
今ここでこいつを殺したとしても、地獄は変わらず存在し続けるだろう。
ならば、何を呪えばいい。
何を殺せばいい。
そんなものは何一つだって存在していないのだ。神様だって、そうだ。
僕は、どうすればいい。
答えはない。
ならば、せめて、自分で終わらせよう。
僕は、ナイフを握り締めて、
そして、首めがけて。
切った。
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