星は微笑む
絶体絶命の危機。
徒手空拳で、カマキリを迎え撃つしか生き延びる道はない。
二丁の大鎌は触れただけで、バサッと骨まで斬られる。
ブーン ブーン
段々目が慣れてきた。
かわしながらも、拍子と間合いもわかってきた。
「今じゃ。」 「今だ。」
神の声と、移香斎の声が見事に重なった。
二つの鎌を振りかぶった刹那、懐に飛び込んだ移香斎は、
カマキリの両腕を右肩に担ぎ、背負い投げを決めた。
カマキリの体が宙に鋭い弧を描いた。
ズシーン。
砂埃が激しく舞う。
頭が地面にめり込み死の痙攣を続けるカマキリは、
やがて動かなくなった。
そして見る間に、消えていった。
全身に、汗がどっと噴き出た。
肩で荒く大きな深呼吸をくり返す移香斎に、神は言った。
「随分、手間取ったのう。全部飲んでしまったわい。」
神は、彼に瓢箪をポイと投げた。
瓢箪を逆さに振ったが、一滴も出なかった。
移香斎は涙も出なかった。
「酒は、もっとうまい酒にしてくれ。」
そう言い残すと神は消えていった。
ねぎらいや、お褒めの言葉を期待した自分が馬鹿に思える。
「うまい酒など、私にはわからぬ。まあ、良しといたすか。」
神にお賽銭やお供え物は付き物、稽古の代金と割り切ることにした。
『明日も、町に降りよう。美味いものを食べよう。
そして、女も抱こう。今日は、初めてであまりよくわからなかった。』
移香斎の中で何かが変わりつつあった。
物事を固定観念で決めつけるのではなく、気楽に考えるようになっていた。
夜空の星が、そんな移香斎の変化を微笑むかのように瞬いていた。
今回、神が用意した稽古相手はカマキリでした。
これからも、神はもっと危険な稽古相手を用意します。
移香斎が、いかに迎え撃つか。
ご期待ください。