修行で「具現化」を学びました。
目を覚ますと、夕方だった。気の疲れは取れていた。伸びをして、あくびをひとつ放つ。
「そうか、今日は、あと『具現化』を覚えるんだったな」
「おそようさんなのです、弘」
囲炉裏の横には柚子がいる。
「休んじまってごめんな」
「最初はみんな、そんなものなのです。お疲れさまなのです」
「よし、頑張るぞ」
俺は気合を入れた。
「ではこれから『具現化』を行うのです。こちらでは想念、ものを思う気持ちの強さが重要なのです。人の世でよく言われる『引き寄せの法則』を弘は知っているですか?」
「いや……よく言うスピリチュアル系の難しい話はさっぱりだ」
「ひとは知らないうちに、いろんな想念を抱えているのです。例えば、おいしいお稲荷さんが食べたいと思っていたら、偶然今日のごはんがお稲荷さんだったりすることがあるですね。良い悪いを問わず、自分の欲しているものの思いが強ければ強いほど、それが経験として表れてくるのです。人の世でさえ、そうして『欲する気持ち』が強ければそれが具現化するですが、生まれる前と死んだあとに在るこちら側では、食べ物でも立派な家でも、欲しいと思うものは何でも想念で作れるのですよ」
「へえ……」
「では弘、試しに自分の好きな食べ物を作ってみるです」
「お、おう」
「来たれ食べ物! と強く思うのです」
「分かった。来たれお稲荷さん!」
俺は片手を出し、強くイメージした。だんだんと手の上に、何かが現れるのを感じた。お稲荷さんだ。母さんがよく作ってくれた、油揚げの中に酢飯とシイタケとくるみを入れた特製のやつ。しばらくすると、手の上に出来立てのお稲荷さんが乗っかっていた。
「柚子にやるよ」
「わたしに……?」
「いろいろ教えてもらっているからな。お礼だ」
「弘はいい人なのです。自分のことよりわたしのことを考えてくれたなんて。よくわたしの好物が分かったですね」
柚子は、にぱぁっと本当にうれしそうな顔をした。
「いや、狐にはやっぱりお稲荷さんかなって。さっき例えを出したときも、柚子が何だか好きそうだったからな」
「ひとの心に沿うことができる人は立派なのです。このお稲荷さんは、わたしがありがたく頂くのです」
柚子は、はむっとお稲荷さんを頬張った。その姿は、ふつうの幼女のようだった。
「久しぶりに食べるごはんはおいしいのですよー」
柚子は幸せそうだ。
「喜んでもらえたなら、うれしいよ」
俺も満足だった。
「だけど、神さまはものを食べないんじゃなかったのか?」と、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「た、食べ物だけじゃないのです。弘がわたしのことを考えてくれた、その気持ちも頂いているのですよ」
柚子はプイと横を向いてしまった。
「ごめん、言い過ぎた」
「このお稲荷さんがとってもおいしいので許すのです」
ふふふ、と柚子は笑った。俺もつられて笑った。
具現化……現実世界では、インスピレーションや日々の努力で目標や理想にたどり着くことを意味する。スピリチュアル系の話としては、良かれ悪しかれ、こうありたいとできるだけ具体的に目標をたてると、それを守護霊や天使や神さまがサポートしてくれるらしい。例えばお金もちになりたい! という願いなら、何をしてお金をたくさんもらえるようになるのか調べて考えて行動するのは自分自身の努力次第だ。そこに、本人のカルマに応じていいチャンスやインスピレーションを与えるのが、人を守護する存在の役割なのだという。お金が欲しいと言ったって、草むらに一億円入ったカバンが落ちていたとしても、それを拾った場合、自分のものだと主張する人は少ないだろう。あの世での具現化は、本文のとおり、欲しいと思ったものは何でも具体的に想像して念ずればそれが手に入るようだ。