あの世で修行が始まり「聖なるお米」を作りました。
俺はかやぶきの家をぐるりと回って、井戸を見つけた。井戸にかかっている太いひもをたぐり寄せると、桶が中から上がってきた。桶の中には、きれいな水が入っている。
「忘れていたのですよー。水を入れるタライは家の中にあったのです」
柚子が両手で大きな木製の丸いタライをかかげ、運んできた。小さな体だが、重そうなタライを軽々と運んでいる。
「おう、ありがとう」
俺は水をタライに入れた。
「せっかくここまで持ってきたのです。ここで『聖なるお米』を作るのですよ」
「家の中じゃなくていいのか?」
「神の力は、慣れればどこでも使えるのです」
柚子は自慢げに言った。そして着物のたもとから、米粒をひとつかみ取り出して、ぱらぱらとタライに入れる。
「では、弘、お米がきれいになるように念じるのです」
「へ?」
「やってみるのです」
「お、おう」
きれいになれ、きれいになれ、あー。なんかこの米でおにぎりが食いたいなあ。
ぽむ!
おにぎりが食いたいと思った瞬間、煙が出た。
「弘、雑念が大きいのです!」
柚子が頬をふくらませた。
「ごめんな。柚子の見本を見せてもらってもいいか?」
「分かったのです」
柚子はタライの中の米に向かって手をかざし、何やらむにゃむにゃとつぶやく。しばらくして、きらりと、タライの水面が光ったように見えた。
「できたのです!」
柚子は満足そうな笑顔を浮かべた。
俺はタライの水の中の米つぶを拾ってみた。ふつうのお米のように見えるが、何が違うんだろう。
「わたしたちの英気を養う食べ物になったのですよ」
柚子がひとつぶ、米を口にした。
「おいしいのです」
俺も、恐る恐る口に入れてみる。
温かな何かが、体を通っていくような気がした。
「お米に宿った高い『気』が邪念を払ってくれるのです。弘、もう一度頑張るのですよ。わたしが作ったお米は家の中にしまうのです」
「お、おう!」
俺は、タライの中の米を残らず拾った。
「どこに置けばいいんだ?」
「台所にお皿があるのです。そこに『気』を高めたお米を置いたら、もう一度戻ってくるのですよ」
「分かった」
俺は片手で米粒を持ち、家の中に入った。とても広い部屋があり、畳が敷かれたその真ん中に囲炉裏があった。囲炉裏の火は入っていない。ここで生活するのかと思うと、その不便さが、ちょっと思いやられた。
囲炉裏の部屋の向こうが台所になっているようだ。俺は囲炉裏を抜けて台所に入ると、木の台の上に陶器でできている皿を見つけ、そのひとつを取って、そこに米つぶを置いた。来たところを戻り、また囲炉裏の部屋を越えて、家の外に出る。
「置いてきたぞー」
「ご苦労さまなのです。じゃあ、もう一度『聖なるお米』を作るのですよ」
「へーい」
柚子がもう一度、タライの水に米つぶを落とす。
きれいになれ、きれいになれ、きれいになれ!
俺は懸命に念じた。今度は、きらきらと水が光った。
「できた……のか?」
「味見するのです」
俺たちは米をひと粒、口にした。柚子が作ったやつと同じ味がした。なんだか、さっきのとで二つぶ食べただけなのに、おなかがいっぱいだ。
「よく出来たのです。天照さまに見込まれただけあって、筋がいいです」
柚子が微笑む。
「ほんとは、こいつでおにぎりが食いたいんだけどな」
「わたしたちは『気』が食糧なのです。たくさん物を食べる必要はないのですよ。神々に近づけば近づくほど、食べ物はいらなくなるのです」
「そうなのか。うーん、それもちょっと寂しい気がするな」
「現世の暮らしに引っ張られているとは、まだまだです」
「へいへい」
「今日はここまでなのです。明日は『清めの御塩』を作るので、ゆっくり休むと良いのですよ」
「へーい」
俺は返事をして、家に入った。火の入っていない囲炉裏のそばで、ごろりと横になる。
「囲炉裏の火を入れるのですよー」
柚子が後から付いてきた。むにゃむにゃと何やら唱えて小さな手をかざすと、ぽっと囲炉裏の中の木炭に火がついた。
「すげー! 俺もできるようになるかな?」
「火の術は危険で扱いが難しいのです。天照さまの許可が出たら、教えてあげるのです」
「分かった。そんときはよろしくな」
「あい」
柚子がニコッと笑ってうなずいた。獣耳をふりふりさせながら、部屋の隅から座布団を持ってきて、折り曲げる。
「枕にするといいのです」
「ありがとう、柚子。なんだか、ちょっと覚えただけなのに、疲れちまった気がするよ」
「神として『気』を扱うと、はじめは、もとの状態に戻るのに休憩が必要なのです」
「そうなのか。じゃ、ちょっと休ませてくれな」
俺は座布団を枕に、目を閉じた。
神さまとして『気』の宿る『聖なるお米』を食べた。腹はふくれたが、精神疲労はするらしい。でも、柚子は全然疲れていないようだから、これも最初のうちなのかもしれない。
すぐに眠気が訪れた。囲炉裏のチロチロと燃える火が暖かかった。