保育園での出来事。愛実ちゃんが精神的にとても成長していました。
保育園が見えてきた。どうやら帰りの時間らしく、迎えに来た親と園児たちとで、園の入り口はごったがえしている。
「陽菜ぁ! 帰るよ~」
すっかりお母さんになった愛実ちゃんが、子どもの名前を呼んでいた。
「お母さん! うっ、うぇーん」
愛実ちゃんの子ども、陽菜ちゃんが泣きながら愛実ちゃんにしがみついてきた。
「どうしたの、陽菜?」
「春くんが、言ったの。神なんていない、人間が造ったんだよって」
「うんうん」
「そんなことないよね? 神さまは、いるよねお母さん?」
「当たり前じゃない」
愛実ちゃんはきっぱりと言った。
「神なんていない、と言うひとはね、陽菜。太陽なんて無い、と言っているのと同じくらい恥ずかしいことを言っているのに気づいていないんだよ。太陽があって、風があって、大地があって、そのなかで生き物が暮らしているからわたしたちはここにいるの。太陽が無かったら、風が無かったら、大地が無かったら、そして生き物がいなかったら、わたしたちは誰一人としてここにいない。日本のむかしむかしのお話に出てくる天照大神さまは、太陽の神さまなんだよ。天、お空を照らす大きな神さま。ねっ。昔から太陽はあって、わたしたちに温かな光の恵みを授けてくれる神さまが、いつだって見守っているんだから」
「……ちゃんと、神さまはいるんだね? お母さん」
「お空に太陽があるのが、当たり前のことみたいにね」
「良かったぁ~」
陽菜ちゃんが笑顔を取り戻した。良かった、日本なら死んだら神さまになることもあると、直接知らせることが出来たらいいのにな。死後の世界と、人が生きる世界を隔てる「見えないことが多い」っていうのは、見えないならいないという考えになりがちだ。特に、日本の教科書では、世界大戦の時代に天皇崇拝のために神道という宗教が利用された反省もあって、日本で長く信じられてきた天照さまのことにはほとんど言及しない。だから忙しい生活の中で、いないという結論に至って、それを言いふらすことが、どれほど信じているひとを傷つけているかに気づかないひとも多いのかもしれないな。愛実ちゃんが、ちゃんと陽菜ちゃんに神さまを認めてあげられるひとに育ってくれたことがうれしい。
「天照さま、良かったですね」
「うん。私たち神々というのは、心の準備が出来たひとびとには奇跡を起こすことも出来るけれど、それをもってそのひとの人生が暗転してしまうようなら、信じないというスタイルを放っておくことも多いんだ。神を信じない、というひとであっても、他者に対して優しく出来るなら構わないんだが。たいていは、身近なひとが亡くなっても、それを何とも思わないくらい神経が鈍くなっている人間が『神なんていない』と思っているそのままの言葉を、他者に言ってしまうことは多いね。年をとってくれば大切なひとのひとりかふたりかは必ず死ぬ。そうなれば、他者が天国のことを言ったりするのをあからさまに否定することがどれほどひとを傷つけるかに気づく。そこで初めて、古くから何故ひとびとが神々を、天国と地獄を、海の果ての楽園を、西方浄土を、極楽を、ニライカナイを求めてきたかも分かるようになるんだ。私は太陽神でもあるから、地球が誕生する以前から宇宙に存在していた意識も持つし、ひとびとの信仰によって、弟の素戔嗚と揉めたり、それが嫌になって引きこもったりした過去も持つ。そんなものは作り話だと笑うひとは、過去になぜその形で神のこととして物語が紡がれたのかを大切にしていない。ひとの意識という目に見えない世界をあまりにも軽視しすぎているね。工藤君が、善行をもって神になったくらいに、ひとの目には見えない世界のこちら側で、見守っている存在は無数にあることを知ってくれればいいのだけれど」
「そうですよね。生まれる前と、死んだあとが、こんなふうになっているなんて、生前は思いもしなかったんで、神なんていないって言ってしまうひとの気持ちも、俺はちょっと分かるんですけどね」
「神話は作り話の代表と言うスタイルを取ってはいるけれど、殺し合いや憎み合い、その逆の和魂を育てる物語の基礎ともなるものさ。世界中の神話を、もしもひとびとが読める時代が来るとするなら、憎しみと赦しと、豊穣なむき出しの感情とを神話からくみ取る力を身に着けることが出来るだろう。そうすれば、明日世界が滅びますよなんていう、時代遅れの終末論者の夢想を、人間の先祖代々から続く意識の守りが取り払えるようになる。何千年、何万年と生きてきたか知れない神話という物語がいつの時代も豊かな心を育むんだ。ただし、神話に興味が出るという段階に魂が導かれた状態になっての話ではあるけれどもね。本当にあの世が無いと思っているひとびとは、地縛霊や浮遊霊として三次元世界に残ってしまうことも多い。工藤君も神の仕事として、そうしたひとびとをせめて霊界に連れてくる、ということはこれからもお願いすると思うよ」
「……出来ますかね、そんな大それたこと……?」
「私が見込んだ君だもの。必ずやれるさ」
「ありがとうございます、天照さま」
「さて、また時を進めるよ……?」
保育園の愛実ちゃんと陽菜ちゃんの姿が、だんだんと遠ざかっていった。




