天照さまに神さまにならないかと誘われました。
ふと気づくと、天照さまが俺の隣に立っていた。さっきの神社だ。白いもやの中、お社から淡い光が漏れている。
「お疲れさん。気は済んだかい」
「はい。ありがとうございました」
俺は天照さまに礼を言った。
「君も、君の父上も母上も、善行と徳を地道に積み上げてきた人たちだったからね。君の死後、そんなに経っていなくても会うことができたんだ。死後の世界を信じていない人だと、上手くいかないこともある。自分が死んだことが分からなくて、疑り深い気持ちをいっぱい抱えて、現世をさまようことがあるんだ」
「そうなんですか」
確かに、俺も俺の家族も、悪いことをしてきた覚えはない。ささやかだがふつうの家族だ。俺がいなくなった後を考えると胸が痛くなるが、それでも、死んだ後に、会えて良かったと思う。欲を言えば、友だちや先輩、後輩にも挨拶したいけれど。
「夢は現世と、私たちの世界をつなぐことができるんだ。人は結構、死んだ人間や神々と会っているものなんだよ。現世にいるときは、大抵のことは忘れるようになっているけれどね」
「なるほど」
授業では聞かないことだらけだ。友だちと、幽霊の話なんかは、ホラーとして話したことがあるけれど、まさか自分がこんなに早く死者になるとは思わなかった。
俺はこれからどうなるんだろう。どこへ行くんだろう。親に会えて、気持ちが一区切りついた俺は、天照さまに聞いた。
「俺はこれからどうすればいいんですか?」
「それさ。よく聞いてくれた」
天照さまはにっこりと笑った。
「私が直々に迎えに来たのは、工藤君、君を見込んでのことなんだ」
「俺を?」
「工藤君。私たちのような神になる気はないかい?」
「はい?」
俺はきょとんとしてしまった。天照さまは何て? 俺が神さまに?
「善行を積んで、ある程度の徳が集まった存在は、人々を導く霊になることができるんだ。それが日本の神々なんだよ。君は、木や石にしめ縄がついたものを見たことがあるだろう? それは、そこに徳の高い霊や、現世に影響を及ぼすほどの力を持った霊が鎮座しているからなんだ。徳の高い霊は、できるものであれば人の願いを叶えたり、病気を癒したり、魔除けを行ったりできる。まぁ、生前苦しめられた人間に祟るということもできるけれどね、カルマのことを考えると、祟る神になるのはおすすめしない。君は、今の徳の状態から、もっと善き神としての経験を積めば、現世に迷う人々を導けるような。そんな存在になれる」
「はあ」
「君が望まないなら、仕方がない。だが、自分のことだけ考えるなら、死後の世界は案外退屈なもんだよ」
俺が神さまになる。なんだか、ふと、派手な格好をして「フハハハハ!」とか叫んでるのを想像した。これはゲームとかで倒される方の邪神だな、うん。
俺が神さまに。今まで考えたこともなかった。だが、死んだ後でも、誰かの、人の役に立てるなら、それはちょっと嬉しいかもしれない。
「ん? その顔は脈ありとみた」
天照さまが満足げにうなずいた。
「分かりました。神さまになるには、どうすればいいんです?」
俺は天照さまに聞いてみた。
「やる気になってくれてありがとう。新米でもやりやすい仕事を用意してあるよ」
天照さまは微笑んだ。
白いもやがすこし晴れてきた。神社の外に、飛騨高山にあるような、三角屋根の昔風のかやぶきの建物があるのが見えた。
「おっ……すげー!」
俺は感動してしまった。雪が積もったら童話の世界みたいに、この建物は綺麗になるだろう。そんなことを思った。天照さまはその日本家屋を指さした。
「あの建物で、しばらく修行してもらうよ。初仕事は『聖なるお米』作りだ」
天照さまは建物に向かって歩き始めた。俺も後を追った。