お腹の中の新しい命を見守りました。
「転生の儀から、半年経ったよ」
天照さまの声に、俺は辺りを見回した。季節は初夏を迎えているようだった。お腹がふくらんだ若い女性が日傘をさして神社にお参りに来ている。隣には若い男性もいた。おばさんの転生先の夫婦、喜美さんと卓司さんだ。二人は池のほとりのさい銭箱にたたずみ、寿用の封筒を取り出した。
「あれは神への感謝の意を込めたお礼のさい銭だね。寿用の封筒に感謝と書いてあるだろう? ここの土地神殿は、子宝祈願を引き受けているんだ」
「なるほど。カエルは子だくさんですもんね」
俺は妙に納得した。
喜美さんは愛おしそうに大きなお腹を撫でた。二礼二拍手して、卓司さんと一緒に真剣な面持ちで祈っている。
「子宝をお恵みくださいましてありがとうございます。母子ともに安産でありますように」と卓司さんが言った。
「元気に産まれ、育ってくれたら言うことはありません。神さま、わたしたちを見守ってくださいますように」と、喜美さんが続いた。
そして、二人は神社の本殿にもお参りに来た。
(弘君)
おばさんの声がした。見ると、喜美さんのお腹の上でふわりふわりと光の玉が現れたり消えたりしている。
「おばさん……?」
(もう、その関係は無くなっているわね。今のわたしは喜美お母さんと卓司お父さんの子だもの)
「あ……そうでした」
(今は純粋に、無事産まれてくることだけを願ってくれるお父さんとお母さんだけれど、この先は大変なのよ)
「そうなんですか?」
(赤ちゃんの頃は生きるだけで喜んでくれるけれど、学校に入ったらスポーツや勉強の成績が付くでしょう? 学校では皆、平等って言いながら順位を付けるようになるの。矛盾しているわよね)
「……そう言われれば、確かに」
(立って歩いて、ごはんが食べられて、うんちやおしっこがひとりで出来ることだって、よほど凄いことなのにね。当たり前のことは、実は当たり前じゃないのよね)
おばさんの言葉に、俺はうなずいた。ガン末期の頃、俺は一人では何もできなかった。母さんや父さん、看護師さんやヘルパーさんの見守りがあって、ベッドで寝たきりになっても、何とかなったのだ。俺は若かったので、最期のあたりまでなんとか自分で立つことは出来たけれど、歩くこともままならなかった。点滴を付けて病院の中をすこし歩くだけで精一杯だった。まあ、そんな日は死ぬ前の数日間だけで、死ぬのが怖いと言える時間も無く死んでしまったから、それはある意味幸せなことだったのかもしれないが。
(……今度のお父さんとお母さんはとてもいい人よ。でも、そのうち変わってしまうわ。変わらずに生きているだけで素晴らしいことなんだよって思いつづけてくれればいいけど、それがいつの間にか当たり前になってしまうの)
おばさんの声はすこし寂しそうだった。
「それは、この日本に生きる親子が経験しなければならない、日本という国の負のカルマだね」
天照さまが顔を曇らせた。
「予防接種もたくさんして、病気で死ぬ子は劇的に少なくなった。だけど、この国には自殺をする人がたくさんいる。陰湿ないじめだってある。昔は病弱な子はすぐに我々のところへ戻ってきたけれど、誰もが生きられる世の中は素晴らしいことのはずなのに、学校での成績や会社での業績、老後の不安と、生きる悩みは尽きない。我々を心の底から信じている人には、そんな人生の悩みの中にも精一杯やっていけるようにインスピレーションを与えることができるんだが、そう望める人は少ないね」
天照さまの悲しい顔を見たのはこれが初めてだった。いつも明るい天照さまも、日本の中で一番格の高い神さまだからこその大きな悩みがあるのだろう。
「俺は新しい神さまになったんです。何とかできることは、してみせますよ」と、俺は空元気を出した。
「ありがとう。そう言ってくれるだけで、工藤君。君を神の道へ誘ったことが間違いでなかったと思えるよ」
天照さまはかすかに微笑んだ。
おばさん、いや、新しい命を宿した喜美さんと、彼女を守るように側を歩く卓司さんが、神社から出て行く。
「喜美。子どもの名前、考えたんだが」
「うん。卓司さん、どんなの?」
「愛実ってのはどうだ? 愛が実ると書いて愛実」
「もう女の子限定?」
「だって俺、女の子欲しいもんよ」
「さあ、そればっかりはね。ふふ」
「女の子だよな? 愛実ー」
(……じゃあね、弘君)
俺たちは二人が家に戻っていくのを見守った。
「さあ、それでは工藤君。もっと時間を進めてみよう」
「はい」
俺は、天照さまが差し出した手をしっかりと握った。




