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おばさんの転生先を見守りました。

 白いもやのようなものがかかった空間をしばらく歩いていたら、それが雲だと分かってきた。目をこらすと雲と雲のあいだから町が見えた。


「あれがぼくの守る町でゲコ」


 カエルの土地神さまが得意そうに俺たちの方を振り返った。町は夜明けを迎えるところだった。東の空がだんだんと(しら)んでいく。下の方に田んぼや畑と民家とが半分くらいづつあるのが見えた。町の北東の位置に神社がある。


「あの神社がぼくを(まつ)っているでゲコ。で、あの家にいる二人が、新しい魂のお父さんとお母さんになるでゲコよ」


 カエルの土地神さまは、神社の近くに建っている古ぼけた民家を指さした。


「お母さんの名前は喜美(きみ)と言うでゲコ。今はちょうど眠っているでゲコ」


 民家にふわふわと降りてきて、俺たちはすっと家の壁を通り抜けた。六畳の部屋に、布団があり、その中で若い男女がお互いを抱き合ったまま眠っていた。


「お父さんの名前は卓司(たくじ)でゲコ」


 二人とも、優しそうな雰囲気だ。おばさんがこの二人にお世話になると思ったら、すこし安心した。


「生まれてしばらくは、前世である君のおばさんが意識に残るんだ。子どもの想像力が大人よりも素晴らしいのは、生まれる前の世界と密接に繋がっているからなんだよ。でも、それでは現世で生きるときにしばしば面倒なことになるから、だいたい小学生になるころにはすっかり現世に馴染(なじ)んでしまう。神々の世界と離れていくんだ」


 天照さまがすこし寂しそうに言った。


「生まれるということは、そして生きていくということは、それだけで奇跡でゲコ」とカエルの土地神さま。


「わたしたちは常に見守っているのです。大きくなって、それぞれの魂が神々の世界から離れてもずっとなのです」と、柚子がぽつりと言った。


「さあ、新たなる魂よ、誕生を許すでゲコ」


 カエルの土地神さまが(おごそ)かに告げた。


「はい!」


 おばさんの声が元気良く答える。光の玉が、ふわりと、眠る女性のお腹へと入っていった。


「転生の儀はこれでおしまいでゲコ。天照さま、これからどうするでゲコ?」

「そうだね。せっかく現世まで降りてきたのだから、みんなで町の神社に居させてもらって、工藤君のおばさんの様子を見ていこう」

「了解しましたでゲコ」


 俺たちは、民家を離れて、神社へと移動した。神社は入口のところに池が作ってあって、池に向かって小さな鳥居が立ち、さい銭箱が置いてあった。池の奥は境内と大きなお(やしろ)があり、俺たちはそのお社に入っていった。


「神さまとして、初めて現世の社に来た感じはどうだい?」と天照さまが俺に聞いてくる。


「なんか慣れないですね……。まだ敬ってもらえるようなことは、何にもしていないですし」

「そんなことはないさ。工藤君。胸に手を当てて、そっと辺りの気配を受け止めてごらん」

「胸に手を……?」


 俺は天照さまの言うとおりに、胸に手を当ててみた。


(……神さま。助けてくれてありがとうございました!)


 男の子の声が聞こえた。


(……弘人先輩。神さま修行頑張っていますか? わたしたちも何とかやっています)

(弘人。……晴美ちゃんと付き合って、しばらく経つわ。お前がいなくなって寂しいけど、不幸じゃない)


 心に直接響いてくる見知った声。


「これは……?」


 俺は驚いた。


「工藤君、神さまとして関わった人とは、心がつながるようになるんだよ。意識を向ければ、いつでも彼らの側にいるのと同じになるんだ」

「そうなんですか」

「人の心は様々な感情を持っている。特に、相手がある場合は、その人を(うと)ましく思っていたりすると、生霊(いきりょう)として相手の心に取りついてしまうこともある。私の鎮座する伊勢神宮では、まず神恩感謝、我々に感謝の気持ちを述べてから、それぞれの願い事を言うように出来ている。それは、願い事をする人自身が悪い感情を持って、悪い因果にとらわれないようにするためでもあるんだ。悪口を言う人よりも、あらゆる物事に感謝をする人のほうが接していて気持ちがいいだろう? 神だって、小さな奇跡にいつも感謝してくれる人を加護したいと思うものなんだよ」

「なるほど。それは、人間も同じですね」


 俺は笑った。人だって、小さなことにも感謝して「ありがとう」を言ってもらえればとてもうれしい。母さんが「ありがとうとごめんなさいがいつも言える人になりなさい」って言っていたけれど、それは生きていく上でとても大切な姿勢だと思う。


「それでは、時間を進めてみようか」


 天照さまが何ともないことのように、言った。


「時間を進める……?」

「私たち神々はね、工藤君。この三次元世界のように、過去、現在、未来と進んでいく時の流れから離れることもできるんだ。ちょっとやってみようか」


 天照さまが俺に手を差し伸べた。俺は恐る恐る、その手を握った。



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