鬼が仲間になりました。
現世の鏡を使って、俺はまたこの世にやって来た。俺の目の前に、暗い部屋で横になった男がいる。部屋は散らかっていて、ひと目で男の無気力さが分かる。
「ああ……死にたい」
男は寝返りを打ち、ぼそっとつぶやいた。
(ソウダ! モットクルシメ! ワレラノトコロマデオチテコイ)
男のそばに鬼がいた。鬼が男の頭を爪の長い手で抱いている。
「おい。もうやめろよ」
俺は鬼に話しかけた。
(ムッ!? シンマイノカミダナ!?)
鬼が俺をにらんでくる。
(ワシノシゴトヲジャマスルナ)
「仕事だって!? こんなろくでもないこと、続けて何になるんだ。苦しむ人が増えるのが、そんなに楽しいか?」
(タノシクハナイ! ダガ、ナカマハフエル)
「仲間だって!?」
俺は驚いた。神さまの仲間として天照さまや、カグツチさまや柚子を見てきた。神さまは誰もが気のいい方だった。ひとの苦しみを助けてあげたいという共通の意識が、神さまたちにはあったように思う。対して、鬼の仲間とは何だろう。苦しみ、あざけりあうのが鬼の言う仲間なんだろうか。もしそうだとしたら、なんて悲惨な集まりなのだろう。
「鬼。人を苦しめるのはもうやめろ。そんなことをしてもお前がさらに苦しむだけじゃないか」
(? ワシノコトヲオモウテクレルカ!? シンマイノカミヨ)
ふっ、と鬼は男の頭から手を引いた。
(ワシヲハラワズ、ハナシヲスルトハ、オモシロキオトコガミヨ)
鬼が変形する。肩まで髪を伸ばした、赤い衣に身をまとった女性の姿になった。頭の両脇には大きな角が生えている。
(カナウコトナラバ、ワシハカミニナリタイ! イヤ、カミニマデハトドカズトモ、ケンゾクニハナリタキモノヨ)
「眷属?」
(カミノマモリテヨ。ワシハソナタガキニイッタ)
女性の姿になった鬼が、微笑む。妖艶な微笑みだった。
(ヤメル、ヤメル! コヤツヘノトリツキハヤメル!)
鬼は男をさげすんだ目つきで見た。
どうか、元気になってほしい!
俺が念じると、男のベッドにあった携帯が鳴った。男はけだるげに、そのまま携帯を放置していたが、誰から来ているのかを確認するとあわてて電話に出た。
「おふくろ!? うん、ちょっと嫌なことがあったんだ。……今度帰るよ」
男は泣きそうな顔で話をしていた。良かった。お母さんからの電話で、彼は冷静になったようだ。
「鬼よ! 分かった。俺の眷属になってくれるなら、付いてきてほしい」
(アイワカッタ! ワガナヲタクス。ワガナハ「邪鬼姫」ナリ)
「俺は工藤弘人だ。弘と呼んでくれ」
(デハマイロウゾ!)
俺と邪鬼姫はふわりと、現世から遠ざかっていった。
「おかえりなさいなのですよー。鬼を従えるとは、どんどん弘は成長していくですね!」
いつものかやぶき屋根の家に戻ると、柚子が驚いた顔をしていた。
「そのままでは家に入れないのです。塩で清めて、神の眷属になってもらうですよ」
「どうすればいい?」
「ここで作った塩を鬼にまくのです。そのときに、仲間になったことを喜ぶです」
「やってみる」
俺は、邪鬼姫に向かって清めの塩をまいた。
(ウウ!)
邪鬼姫が頭を押さえる。よく見ると、頭の両脇に生えていた角がだんだんと小さくなっていく。こじんまりとした角になり、邪鬼姫はふつうの人間に似てきた。
「これで、家の中に入れるようになったのです。わたしは柚子。邪鬼姫、これからよろしくなのです」
「世話になる。よろしく頼む」
邪鬼姫の口からカタコトではない声が出た。仲間が増えて、俺もなんだかうれしい気持ちになった。




