柚子と雑談しました。
俺が現世で聞きかじった日本神話では、八百万の神が存在する。俺はその一柱となったわけだ。
俺の家は、平凡な日本人家庭だった。とりわけ信心深いというほどのことも無かったが、年始は神社へお参りに行き、結婚式はチャペルもいいな、なんて思ったりした。そうして死んだときに世話になったのは仏教だ。
「どうしたのですか? 弘」
「考え事をしていたんだ。信仰ってそもそも何だろうなってさ」
「ふふ。こちら側に来たひとたちには、よくある悩みなのです。弘もようやくこちら側の住人としての自覚が出てきたですね」
「そうなのか」
「あい」
柚子は微笑んで言葉を続けた。
「信仰の根源となるわたしたち神々の世界は、宇宙が誕生して滅びるまでの、時間軸を必要とした、必ず流転する三次元から抜け出たところにあるのです。始まりも無ければ終わりもない世界なのですよ」
「始まりも無ければ終わりもない世界?」
「ひとから見れば、前の人生と次の人生のあいだの世界。行ってらっしゃいとお帰りなさいの場所なのです」
「ふむふむ」
「そうして、弘のように、人間から神になる場合もあるのです。輪廻転生のカルマを終わったとき、こちら側でひとの役に立ちたい気持ちがあれば、ひとから神になれるのです」
「むー、現世じゃあ、俺たちが暮らしていた日本は、こうしてひとから神さまになるってことが分かったけど、キリスト教とかはどうなるんだ? チャペルでの結婚式では神父さんにお世話になったりするけど」
「チャペルの結婚式に問題はないですよ。日本では、神に祈る心があれば形式は問われないというわけなのです。この国のひとの心は古くから言えば仏教と神道と、中国の古来の思想や南方のシャーマニズムが混じり合って影響してるです。何でも受け入れるのが日本のひとびとなのですから、神々の世界も八百万になるです。わたしたちから見れば、唯一の神と称する存在はちょっと乱暴な神のひとりになるですよ」
「乱暴な神……」
「天照さまがおっしゃっていた『荒魂』が強い神なのです。この神だけを信じなさいという教えは、三次元の地球ではやがてひとびとの毒になってしまう要素が強いのです。イエス・キリストというひとは、愛をたくさん持ち、除霊とヒーリングが出来て、未来も見通せた霊能者なのです。神に近いひとというわけなのです。でも、彼が十字架に付けられたのち、時が経つにつれて、教えから離れたひとびとが言い訳にして集う邪教になってしまった時代もあるですよ。キリスト教は魔女狩りの頃が一番ひどかったのです。弘の時代にはようやく初めの教えに戻ってきたですが」
「ふーん……」
「わたしたち日本の神々も、荒んだことはあるですよ。弘の時代から見るとつい70年以上前は、天皇が現人神だとされていたときがあったですね。あの頃も、ひとと神の荒魂が日本を覆っていたのです」
「なるほど」
「教えは弟子のひとりから腐るという言葉もあるのです。どれだけ尊い教えでも、受け取るひとに邪心があれば堕落するのです。特に、有限の世界である三次元の、弘がいた時代では、自分が教祖だ、神だというひとには気を付けなくてはならないのです。間違えば高いツボや印鑑を売りつけられてしまうのですよ」
「はは、確かに」
俺は笑った。
「わたしたち神々は、ひとが気づくにしても気づかないにしても、それぞれの役目を担って見守っているのです。見返りを求めるのは、まだ人間としての欲が残っていることになるのですよ。無償、無条件の愛。ひとの役に立ちたいという気持ちがわたしたちの『和魂』に近づくことになるのです」
「分かった。家内安全を守る神さまとして、何かの見返りが無くたって、俺も頑張るよ」
「弘にならできるのですよー」
柚子にそう言ってもらえて、俺はいくらか救われた気持ちになった。




