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あの世で前世とお話しました。

 過去世の自分と話す。なんだか不思議な気分だった。


 山の裾。目の前には、釣り糸をたらして川の脇に座るひとりの老人がいた。


「こんにちは」


 俺は老人に挨拶してみる。


「……おや」


 老人が目を細めた。


「あなたが、俺の前世なんですか?」

「そうじゃな。前世といっても、姿かたちがだいぶ違うからびっくりするじゃろう。細かく言えばのう、ひとというのは神々から分け与えられた魂が存在するのじゃ。その魂が過去・現在・未来に渡り同じ存在は、特別な結びつきをするようになる。それが前世、来世と言われるものなのじゃよ」

「はあ」

「来世で神になる判断ができるようになるとはのう。わしも誇り高い気分じゃよ」


 老人が笑った。


「まだまだ力不足ですけどね」

「こちら側で多くの修練を積むと良い」

「はい」

「わしは平凡に生き、老境に病に伏して死んだ。これといって良い人生ではなかったが、悪い人生でもなかったわい。それはお前さんと同じではないかな」

「そうですね。俺は若いときに死んでしまったので、ちょっと心残りはありますけどね」

「そうか。わしは今度、若くして死ぬのか」

「……あ」

「よいよい、それもまた人生よ。いつどこでお迎えが来るか分からんもんじゃ」

「あなたは、心残りはありますか?」

「もう、そろそろ来世に挑もうと思っていたからのう。わしの前世とも話したのじゃが、日本はどんどん便利な道具ができていくそうじゃから、その時代を一度体験してみたいと思っておったところよ」

「それなら楽しめると思いますよ! でもうっかり神さまのことや、魂の話があんまりできなかったので、それはちょっと大変でしたけど」

「あの世のことはあの世で知ればいいくらいでちょうど良いのかもしれぬな。そうでなければ生きている時を楽しむことができなくなるかもしれぬわい」

「でも、今このときも、現世にいるときも、お世話になっている神さまたちを忘れたくはないです」

「そうじゃな。それを忘れないようにするのも、来世はなかなか楽しそうじゃ」

「精一杯楽しんできてください。何か立派なことをするわけではないですけど」

「わしらの繋がりでは、そのようなものよ。立派になるより陰徳を積むことが大切じゃ」

「陰徳?」

「世間に対してな、自分がいいことをしていることを明らかにし、こんなに自分はすごいんだと他人に言いふらして徳を積んでいくことが陽徳と言ってな。これをする人間は、嫌われることが多くてのう。良いことは誰にも知られずに行う……ひとに決して言わずにな。それが神の御業みわざにも通じる陰徳というものなのじゃよ。お日さまは、すべてのものにその光を与えるが、決して自分が偉いとは言わぬだろう?」

「なるほど」


 話していて感じる。俺とこの老人とは、価値観が同じだ。中身が同じ人間というのは、こういうことなんだなと感じた。


「神になっても陰徳を大切にするのじゃぞ」

「はい」

「わしはそろそろ『生まれる前の神さま』に会うとしよう。来世のお前さんと話せて良かった。楽しみじゃ」


 そうして、老人は微笑んだ。


「はい」


 俺は遠ざかる老人に向かって手を振った。俺の歴史はそれほど長くはなかったが、それを体験したいひとがいると知って、どんな人生も一切の無駄は無いような気になった。現世で寝ている時には、そんなふうに俺も前世や神さまたちと話をしていたんだろうか? そう思うと、神さまたちが言う「どこにでもある、どこにもない場所」は身近なもののように感じられた。


 視界に白いもやがかかり、しばらくすると、現世の鏡の前に俺は座っていた。


「お帰りなさいなのです」


 柚子がにっこり笑った。


「ただいま。貴重な経験をさせてもらったよ。ありがとうな」

「どういたしましてなのです。どんどん経験を積んでいくと良いのですよー」と、柚子は俺を元気づけるように言った。


前世と来世……神から分け与えられた魂が同じ存在は特別なつながりを持つ。過去・現在・未来が直線的ではないあの世では、現世でひとが行った無数の判断のもとに生じたパラレルワールドをも、ひものように含むものが前世・来世になるようだ。ひとが迷いを捨てたとき、この前世・来世の関係も終わるという。

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