神さまのお力を借りました。
カレーライスを食べ終えて、雑談をしながら、俺たちはかやぶき屋根の家に戻ってきた。ぱちり、と囲炉裏の火がはぜた。
「ああ、そうだ! 天照さまにお願いがあったんです」
俺はふと思い出した。
「何だい、工藤君」
「柚子が使っていた、炎を出す方法を教えてくれませんか?」
「弘の成長は著しいのです。今の弘なら大丈夫だと思うのです。わたしからもお願いするのですよ」
「いいだろう。だがくれぐれも、使い方には気を付けてくれたまえ」
「はい!」
「心の中に燃え盛るハートの炎。これを意識するんだ」
「……ハートの炎……?」
「心臓が燃えているところを想像するんだ。そして、それができたら燃やしたいところにその炎が行くように念じる」
「はぁ」
「やってみたまえ」
「はい」
俺は胸の中が燃えているところを想像した。体の奥に熱い何かを感じる。
「来たれ、炎!」
ぽっ、とマッチをすったようなちいさな火が、俺の指先に出た。
「ありゃ」
俺は頭をかく。
「最初から、なかなかうまくはいかないよ。これも練習が必要さ」
天照さまが俺をなだめた。
「来たれ、炎!」
俺はもう一度炎をイメージする。ぱっ、と指先に、さっきよりは大きな火が出た。
「これで鬼を攻撃することができますか?」と俺。
「できないことはないが、憎しみの塊である鬼には、対極にある、穏やかな神の光のほうが効くよ。痛みを与えるより、こちら側の神の力で包み込んでやる包容力が必要なんだ」
「そうですか」
俺はシュンとなった。せっかく火の術を覚えたけれど、囲炉裏の炎を付けることくらいしか、今のところは役に立たなさそうだ。
「我の力を使うか? 工藤よ」と、火之加具土命さまが言う。
「神さまの力を……?」
「うむ。我ら神々はそれぞれの特性を持っておる。天照さまは光、我は炎、柚子葉は狐火のようにな」
「それを人が頼って呼ぶとき、こちらではその力が大きくなるのです」
「へえ……そうなんだ」
「やってみよ。我の名を呼び、炎を顕現させるがよい」
「はい。……来たれ、火之加具土命さまの炎!」
ゴオオオッ!
俺の指先から炎がほとばしった。
「すげー!」
「私の狐火も呼んでみるのですよー」
「おう! 来たれ、柚子の青い炎!」
ボッ。
あの『清めの御塩』を作ったときのような、青い炎が出た。
「私の光も呼んでごらん」
天照さまも言う。
「はい。来たれ、天照さまの光!」
すると、煌々(こうこう)と灯る小さな太陽のような光の玉が現れた。
「これで、ずいぶんぱわーあっぷしたのですよ、弘!」
「うん。なんかちょっと自信が出てきたよ」
俺は柚子の言葉にうなずいた。
「すぐに一人前になりそうだのう、工藤よ」
「そうですか? だとしたら、うれしいな」
俺は照れた。
「そろそろ我々は高天原に帰るよ。いつでもどこでも神の力は届くからね。現世の鏡でどんどんと経験を積むといい」と、天照さまが微笑んだ。
「はい!」
ふっ、と天照さまと火之加具土命さまの姿が消えた。
だけど、俺の中に、確かに神さまとのつながりがあるような、温かな気配を感じた。
「これでいろいろなところに行っても、大丈夫そうなのです」
柚子が俺の顔を見てにぱっと笑った。
「そうだな」
「弘は、自分の前世に興味はあるですか?」
「えっ……何だい急に。そりゃ、気になると言えば気になるよ」
「こちら側では、前世はひとりの人間として独立しているのです。弘は神になることを選んだので来世は無いですが、現世の鏡から、前世に会いに行くこともできるのですよ」
「へえ……」
「こちら側では、過去・現在・未来は関係が無くなってくるのです。経験したいと思う時を選んで、みんな生まれてゆくのです」
「そうなのか」
「現世の鏡を使うですか?」
「おう! ……だけど、さっきの神さまの力を使ったことで、ちょっと疲れちまったんだ。休んでからでもいいか?」
「あい」
俺は座布団を枕に、しばしの眠りについた。




