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みんなであの世のレストランに行きました。

 乾いたタオルを首に巻いて、俺は温泉から出てきた。天照さまも柚子も、火之加具土命さまも、そして俺も浴衣姿だ。


「いいお湯だったなぁ」と俺が言うと。


「そうだろう」と火之加具土命さまが破顔した。


「あの世にも温泉があるなんて思いませんでした」

「こちら側は、何でもあるのだ。むしろ、現世のほうが不自由かもしれぬな」

「そうだね。現世では、移動も大変だ。こちら側では、必要と思えばすぐにその場に行けるんだ」と、天照さまが言った。


「まだ俺には、移動するにも現世の鏡が必要ですけどね」


 神さまになっていくと、現世のいろいろなことが不自由に感じそうだ。


「こちら側では、時間の経ち方も違うのです。こちら側では数日なのに、現世ではもっと長い時間が経っていることもあるのですよ」

「そうなのか」

「この温泉は、こちら側の住人にも人気でな。すいていて良かったわい」

「ガンになったとき、ちょっと思ったことがありました。残された時間を、毎日温泉でも入ってのんびりできたらいいなって」

「来たければ、いつでもまた来るがよい」

「本当ですか!? うれしいな」


 俺は喜んだ。死ぬ前にできなかったことが、こうしてできるようになるなんて思ってもみなかった。

神さまの仕事、家内安全を叶えることはまだまだ難しいけれど、辛くなったらこの温泉にまた来たりして、まったりしよう。そして復活し、出来る限りのことはしよう。俺はそう思った。


「さて、せっかく工藤君もいることだし、ごはんを食べに行こう」


 天照さまが言った。


「温泉に入ったあとはおいしい飯!」と火之加具土命さまも言う。


「さあ行くぞ、工藤よ」

「はい!」


 火之加具土命さまを先頭に、すこし歩くと大きな木造の建物があった。窓は透明なガラス製で、中の様子が見えた。老若男女、さまざまなひとびとがテーブルに座っている。談笑しているのか、表情はみな明るかった。


「いらっしゃいませ!」

 

玄関らしき、洋風で木製の洒落たドアを開けると、ひょっこりと、ネクタイを首に巻いたうさぎが出てくる。


「ああ、天照さまに火之加具土命さま。これはこれは、ようこそ」


 うやうやしく兎が一礼する。


「四人頼みたいんだが、空きはあるかい?」

「天照さまのお頼みとあれば!」

「いやいや、特別扱いはしてくれなくてもいいんだが」


 天照さまが苦笑する。


「どうぞ。今日の店はすいております。運がよろしゅうございますな」


 兎はぴょんと店の中に入った。


「良かったのです! このお店に来るのは初めてなのですよー」


「柚子も知っているのか?」と俺。


「ここは、他界した料理人が腕をふるうと言われているレストラン『追憶のランプ亭』なのです」

「へえ。『追憶のランプ亭』か、お洒落な名前だな」 

「お客さまがた、どうぞどうぞ」 


 兎が大きなフロアの一角にあるテーブル席に、俺たちを案内した。


 あれ? メニューらしきものが無い。


「ここでは、お客さまにふさわしい料理をお聞きして作ることになっております。何がよろしゅうございますか」


 兎がオーダーを取ろうと、待っていた。


「何でもいいんですか……?」


 俺は戸惑う。何でもいいとなると、かえって迷ってしまった。


「工藤君は何が食べたい?」

「天照さまは?」

「そうだね。我々神々はあまり食事はしないのでね。工藤君のためにこの店に来たようなものだよ」

「工藤よ、何でも頼むがいい」

「そうですか……じゃあ」


 俺は考えて、ふっと思いついた。


「カレーライスが食べたいです」

「お任せを」


 兎がにっこり笑ったような気がした。


「四名さま、カレーライスでようございますか」

「ああ、それで頼むよ」と天照さまがうなずいた。


「かしこまりました」


 兎はぴょんぴょんと跳んで店の奥に入ってゆく。


「もっと豪勢なものを頼むと思ったが」と火之加具土命さまが言った。


「……病気になってから、最期にカレーライスがずっと食べたいって思ってたんです」

「そうか」

「神は『気』を摂取するのが基本なんだが、こうして誰かを喜ばせるためにする食事というのは特別なものでね」


 天照さまが微笑む。


「何でも『具現化』で作ればいいかもしれないが、こうして店に来るというのもひとつの楽しみだろう? たとえ現世から他界してもね、工藤君。ひとと一緒に仲良くご飯を食べたいという気持ちは悪いものではないよ」

「そうですね」と俺は答えた。

「俺、死んだらもっと静かなところへいくのかと思ってました」

「いろいろなところがあるよ。それぞれのひとに、それぞれの世界があると思ってくれたらいい。工藤君は神の一柱となったのだから、これから様々な世界を見ることになる」

「はい」

「現世にあるもので、良いものは神々の世界に、悪しきものは下層の世界に分かれるんだ。この店はその中間といったところかな」

「そうなんですか」

「うむ。店という形を残しているところは、現世に近いのだ。料理も『具現化』は最小限に抑えて、料理人がその手で作ってくれる。店の者はな、工藤よ。その手料理でひとを幸せにしたいと考えているのだ。それは、神々の考えと同じよ」

「なるほど」

「ひとが幸せになるために必要なのは、誰かの幸せのために働くことなのだ。こちら側で、神の世界に近づけば近づくほど金はいらぬからな、この店の者は善意すべてで料理が作れる」

 

 火之加具土命さまの言葉に、俺はうなずいた。しばらくみんなで話していると、カレー独特のスパイスの香りがした。兎が静かにカレーライスを持ち、歩いてくる。


「お待たせ致しました」


 テーブルの上に、皿に盛られたカレーライスがことりと置かれた。匂いから、うまそうだ。一口サイズのにんじんとじゃがいもとお肉がルーの上に乗っている。たまねぎの匂いもするから、カレーに溶け込んでいるのだろう。


 兎がどんどんと皿を運び、四人分のカレーライスとスプーンがテーブルに並べられた。


「いただきます!」


 俺は手を合わせた。


「いただきます」

「うむ、いただくとしよう」

「いただきますなのです」


 神さまたちも手を合わせた。


 俺はスプーンの上のごはんとカレーをぱくりと食べる。


 うまい。野菜や肉のうまみが凝縮されていて、それでいてどこか懐かしい。


「こんなうまいカレー、初めて食べました」


 俺は素直に感想を述べた。


「久しぶりの食事だのう」


 火之加具土命さまもうれしそうだ。


「工藤君が過ごした現世では、これが素朴なメニューなんだから、食べ物には恵まれた時代だね」


 そう言いながら、天照さまもカレーライスを口に運んでいる。


「弘、おいしいのですよー」

「柚子、ごはんつぶがついてるぞ」

「う! ありがとうなのです」


 にぎやかに食べる食事はうれしいものだなぁ。そんなことを考えながら、俺はカレーライスを食べた。 


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