カグツチさまに慰めてもらいました。
俺は囲炉裏の火をぼんやりと見つめていた。家内安全を守る神として、初めて家庭を見た。……どちらかといえば悲しい方の。世界には、産まれたくても産まれられなかった命がどれほどあるのだろう。また、親に虐げられて育つ子も、どれほどいるのだろう。悲惨な境遇に対して、目に見えない存在である、俺たちのような霊や神がフォローしているといっても、どれだけのことが伝えられるだろうか。その中で愛を学ぶ……。
「難しいなあ」
俺はぽつりと呟いた。
「浮かぬ顔だな、工藤よ」
いきなり声がした。囲炉裏の火からだ。
「火之加具土命さま?」
「うむ」
囲炉裏の火が大きく燃え立ち、人の姿になった。火之加具土命さまだ。俺の横に座り、あぐらをかく。
「天照さまがいない間の守役を頼まれてな。現世では大活躍だったそうではないか」
「そんなことないですよ」
「神の姿の『顕現』が出来たそうだな」と火之加具土命さま。
「……『顕現』はよく分かりませんけど、目の前にいる子どものためになりたくて……無我夢中だったんです」
「なるほどのう」
「親に虐げられた子に、どうやって家庭の愛情を伝えることができるのか、悩んでいたんです」
「ふむ。我も、父の伊邪那岐には苦労したものよ」
火之加具土命さまが苦笑いする。
「そうなんですか?」
「うむ。しかし工藤よ、気に病むことはない。ひとは諦めなければ、どこかで愛を知るものよ」
「カグツチさまがおっしゃると、説得力があるですねー」
いつの間にか話に加わっていた柚子が言った。
「伊達に父、伊邪那岐に殺されて、黄泉の国を見てはおらぬよ」
はは、と火之加具土命さまは豪快に笑った。
「黄泉の国……? ここはあの世じゃないんですか?」
「ははは。そうだな。我々、神々の世界は高天原に在り、死者の国は黄泉や根の国と呼ばれるところにある、というのは昔の日本では言われてきたことでな。今ではどちらも、現世から見れば『どこにでもある、どこにもない場所』になる」
「はぁ」
「我々、神は死なぬよ。我々を知る者知らぬ者を問わず、我々の力を欲する者がおる限り現世に影響を与え続ける。たとえ、三次元の世界で時が移ろい、人の世がどれほど変わろうとも我らは在り続ける。人の営みを導き、見守るのだ」
「俺も誰かの力になれているでしょうか」
「活躍は聞いておる! 魔除けや神の顕現がこんなにも早くできるのは筋が良い証拠よ。あとは力をつけることだな。また相撲をやるか?」
「はい!」
悩むより、体を動かしていたほうが気がまぎれる気がした。
「来い!」
火之加具土命さまがどっしりと構えた。
「せいっ!」
俺はそこに突っ込む。
「甘い!」
また、転がされてしまった。
「まだまだぁ!」
俺は懸命にまた突っかかっていく。
「いやぁ!」
ごろり。痛い痛い。やっぱり腕力はすぐにはつかないな。でも、鍛えておかないと、またあの鬼に遭遇したとき、困りそうだ。俺は何度も火之加具土命さまに飛びかかり、その都度、転がされてしまたった。気が付くと、息が荒い。汗も出ていた。
「ふう……ありがとうございました!」
「なんの。すこしは気が晴れたであろう?」
「はい」
「汗をかいた後は、温泉だ。来い、連れて行ってやろう」
「温泉があるんですか!? こちら側にも?」
「ある。我は温泉の神でもあるからな」
楽しみだ。生きていた頃は、親に連れられて銭湯や温泉に行くのは大好きだった。家の風呂と違い、泳げそうなくらいの湯舟、外の空気が楽しめる露天風呂。こちら側でもそんな施設があるなんて、感激だ。
「温泉に行くのかい?」
ふと、天照さまの声が聞こえた。囲炉裏の部屋に、ぽわっと天照さまが戻ってきた。
「天照さま! わたしも温泉に行きたいのです!」
柚子がにぱー、と笑った。
「よし。みんなで行こう」
天照さまがにっこり笑った。その笑顔は、今までの悩みを払ってくれそうな明るさがあった。
顕現……神が現世に姿をはっきりと現すことを言う。神々の存在は高いところにあるため、そこから見た低次元である現世に神自身が姿を現すことは滅多に無いという。主人公の弘人は神といえどもまだ霊格が高くはないので、現世に姿を現すことができたのかもしれない。




