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現世で女の子の霊に出会いました。

 一軒家があった。俺たちはその庭に降りてきた。


(ママ……ママ……)


 声にならない声で、泣き声が聞こえた。女の子だ。部屋の明かりを、窓の外から見つめている。


(わたしはここよ! ママ、気づいて)


 トントンと、女の子が窓を叩く。ガラリと窓が開き、若い女性が辺りを見回した。


「誰?」


 女性が尋ねる。


(ママ! ここよ!)


 女の子が飛び跳ねたが、女性の目には入っていないようだ。


「気のせいね」


 女性はまた窓を閉めた。


(ママ……)


 女の子は寂しそうに女性を見ていた。


「やあ」


 天照さまが女の子に話しかける。


(……神さま!?)


 女の子が目を見開く。


「そうだよ。君を迎えに来たんだ」


(ダメ。ママと話すまで行かない)


「……そうか」


 のんびりとした様子で、天照さまが答えた。


「俺のときみたいに、夢枕に立たせてあげたらどうですか?」


 俺の問いに、天照さまが首を横に振る。


「まだ、この子の母親のほうが、精神的に落ち着いていないんだ」

「はぁ」

「なにせ……この子は、堕胎させられた子だからね」

「堕胎!?」

「望まれなかった命さ」


 天照さまが辛そうに言った。


(ママは、わたしのことが嫌いだったの……?)


「どうだろう。産みたいという気持ちは、お母さんにはあったようだよ」


 天照さまが慰める。


「でも、周りがそれを許さなかった。君のお母さんの人生を考えたとき、堕胎したほうがいいと周りが考えてしまったんだ」


(ママ……)


「堕胎は殺人なのです」


 柚子も辛そうに言った。


「ひどい! ちょっと文句言ってきます」


 俺は家の壁を抜けて、中に入った。


 先ほどの若い女性がソファに座っている。女性は泣いていた。


「ちょっといいですか!?」


 俺の声に女性が反応する。


「あ、あなたは……!? どこから」


 女性が驚く。


「俺は、あなたが堕胎した子を迎えに来た者です。なんで産むことを選ばなかったんですか!?」

「ごめんなさい……ごめんなさい」


 女性は嗚咽おえつを漏らした。


「父も母も……彼氏も、育てられないって言われて。自分の人生を大切にしなさいって」

「産まれてくる子どもの人生だって大切じゃないですか!」

「ごめんなさい」


 女性は泣いて謝っていた。ぽかり、と背中を叩かれ、俺は振り向いた。


(ママをいじめないで!)


 女の子が女性と俺の間に入る。


「だって君は殺されたんだぞ、実の親や家族に!」

「……! あの子がいるの!?」


 女性が、はっと顔をあげた。


「ここにいますよ。ずっとあなたを見ています」と俺。


「ごめんね。ママが悪いの」

(そんなことないよ! ママ悪くない!)


 女の子が女性を抱きしめる。


(ママ、今度もママの子に産まれたいな)


「お子さんは、またあなたに産んでもらいたいと言ってますよ」

「……ごめんね」


 女性は泣き崩れた。


「もう一度産まれるなら、あの世に行ってからだ。君がこのままママに執着すると生まれ変わることもできなくなってしまうよ」


 天照さまが女の子に優しく語りかけた。


(分かった! ママ、今度はみんなに喜んでもらえる生まれ方がいいな)


「次に生まれるときは、みんなに喜んでもらえる生まれ方が良いそうです」


 俺は女性に告げた。


「ごめんなさい……」


 女性はうなずいていた。


「お子さんをあの世に連れて行きます。伝えたいことがあればどうぞ」

「ママ、頑張るね。もう一度、今度はちゃんと産むから」

(うん! またママのところに来るね!)


 女の子は女性の頬にキスをした。


「……!?」


 それが伝わったのだろう、女性は辺りを見回していた。


「……それでは行こうか」


 天照さまが女の子の手をつなぐ。


(うん! ママ、またね!)


 バイバイ、と女の子は女性に手を振った。


「あの世に帰るのですよー」


 柚子も、もう一方の女の子の手を握る。だんだんと、現世の景色がぼやけていった。




 かやぶき屋根の家に戻ってきた。


「さてと……この子を、産まれる前の神に預けなくてはね」と天照さま。

「産まれる前の神……?」

「ひとはね、工藤君。受精卵となったときに、魂が宿るんだ。その瞬間に合わせて魂を送り込む存在が産まれる前の神なんだよ。産まれる前の神には、それぞれの家庭に、それぞれの氏族の先祖から、祖霊神が担当することも多い。受精卵が誕生したときから、こちら側では守護霊としての見守りが始まる。守護神、守護霊、言い方はいろいろあるが、ひとりひとりにちゃんと見守る存在がいるんだよ。それを知れば、孤独なひとというのは、じつは、誰一人いないというわけなんだ。孤独を感じるとき、それは神や守護霊の導く方向から、かなり外れてしまったことを意味する。その自分を悔い改めれば、孤独は感じなくてもすむようになるんだよ」

「そうなんですか」

「あの女性も苦しんでいる。産みたくても周りから産めないと言われるのは辛いものだよ。あまり責めないでほしい」

「はい……」

「それではちょっと行ってくるよ。さあ君、行こうか」


「うん!」と女の子。


「行ってらっしゃいなのです」


 俺と柚子は、天照さまと女の子がふわふわと空に昇っていくのを見送った。

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