天照さまのお話を聞きました。
俺は目を覚ました。気の疲れは癒えているようだった。
囲炉裏のそばで、ぱりぱりとおせんべいをかじる。作り置きがある「聖なるお米」に世話になるよりも、まだ「具現化」で自分の好きなものを出して食べる方が、今の自分に合っているようだ。天照さまと柚子も一緒におせんべいを食べていた。
「おやつも、みんなで食べるとおいしいものだね」
天照さまがにこにこと笑う。
「天照さまは……」
俺はふと視線を落とした。
「日本の、大変な家庭をたくさん見ているんですか? 虐待とかで、手遅れになってしまった場合も」
「そうだね」
天照さまも真剣なまなざしになる。
「日本の総氏神としての私は、日本のあらゆるひとびとの過去、今、そして未来を見守る存在でもある。日本のひとびとの素晴らしいところも見ているが、悲惨な姿も見ている。これは、私に限ったことではないよ。世界中の土地によって守る存在は変わるが、今を一番の闇と言う神々もいるよ。いっそのこと人類は滅びた方がいいとさえ考える存在もいる」
天照さまは悲しそうだった。
「戦争、環境破壊、汚染、自殺、過労死、いじめ、虐待……ひとの負の部分を見つめて非を唱えるのはたやすいが、問題はどうやったらその悪循環からひとびとが抜け出せるようになるかだ。私は幸いなことに、まだ、それほど絶望してはいない」
「はい」
「工藤君は、どうしたら、虐待がある家庭の家内安全が守れると思う」
「それは……」
俺は答えに窮した。俺の家族は、ささやかだが平和な関係だった。虐待を受けた記憶も、言葉でひどいことを言われた記憶もない。
「家庭は、いろいろとカルマが絡んで複雑になることもある。親だからといって人生に成熟した人間がすべてではないし、子どもと言っても、既に小さなころから、そういう未熟な親を導く役目を負っている子もいる」
「そうなんですか」
「そんな負のカルマにいるひとを導くには、まずはどんな人間であれ、許そうと思う気持ちを持つことだ。虐待はね、親も、そのまた親に虐待を受けていることも多いんだよ。許すと言ったって、その行為を認めるわけじゃない。虐待をするひとが、自分を愛することのできるように辛抱強く接していくことだ」
「自分を愛せるように……」
「そうさ。自分を愛し、ほかのひとを愛する。それを学ぶのが人生というものだよ。そして、その学びに一番適しているのが家族というわけなんだ。だから、家族だからこそ許せないこともあるし、家族である分余計に辛いこともある。私も弟の素戔嗚とはいろいろあってね、仲の良い関係というわけじゃなかった。今はもう、しがらみは消えたけれどもね」
天照さまが苦笑した。
「神さまでも、いろいろあるんですね」
「そうだよ! 神もそれぞれさ。ひとになったことのない自然神もいれば、工藤君、君のように、ひとが輪廻転生を終え、ほかのひとの役に立つために神になる場合もある。いずれにしても、神になったからには、守るべきひとが出来るんだ。できるだけ我々の荒んだ部分は出さないようにしたいんだが、冷徹なカルマはそれを許さない。太陽と地球の天変地異を、できるだけ抑えるのも、太陽神である私は担っている。今の時代、世紀末はどうにかやり過ごせたが、人間が地球の自然に多大な負担をかけている部分が、ようやく人類の課題として挙がってくるようになった。それに、自然に負担をかけない方法も模索されて、いくつかは成果が出ているところもあるようになった。これは素晴らしいことだよ。だけどね、そうした科学が進んでいくと、目に見えるものだけを信じる気持ちが強くなり、目に見えない存在、すなわち我々とのつながりを否定するひとも増えてくる。ひとと同じで、神も忘れられると辛いものさ」
そう言って、天照さまはおせんべいの横にあるお茶をすすった。
「……話がすこしそれてしまったね。家内安全を願う工藤君には、あまり関係のない話だったかもしれないな」
「いえ。俺の方こそすみません。自分がそうなる今まで、神さまなんて、心底信じていたかと言われれば、疑問でしたから」
「私や柚子葉のように、神社がたくさんあって、信じているかは別として、それでも神社に来てもらえるひとも大勢いるのは恵まれたほうの神なんだよ」
「なるほど」
「工藤君は、まず神社の無い神になるわけだが、それでも一所懸命頑張ってほしい。くれぐれも、ひとに祟ることはしないようにね」
「祟るっていうのは、どういうふうになるんですか?」
「有名なのは菅原道真だね。昔、生きている間にひどい仕打ちを受けた彼は、死ぬ間際に、ひどい仕打ちをしたひとびとを祟ると言って事切れた。そうしたら本当に、ひどい仕打ちをした人間がバタバタ死に、彼を追いやった朝廷の建物に雷まで落ちた。それを恐れたひとびとが彼を祀るようになって、彼の祟りは落ち着いたんだ。そうして今では学問の神として、良き神になっている」
「そうなんですか」
「ひとにも神にも、荒魂と和魂があってね。荒ぶる心が荒魂、穏やかな心が和魂なんだ。ひとも神も、できるだけ和魂を大切にできるよう、修練を積むようになっているんだよ」
「神さまにも修練があるんですね」
「そうさ。虐待をする親も、荒ぶる心が今は満ちているだけで、誰かが助け舟を出せば、それは、穏やかな心になれる場合も多い。私たちのように目に見えない存在も、できるだけ荒んだ心が落ち着くように働きかけているんだが、荒んだ心に神の慈愛は届きにくくてね。工藤君も、だんだんと経験していけば分かるよ」
「はい」
俺はおせんべいを頬張った。
「さて、それでは君が初めて加護をする相手を探すとしようか、工藤君」
「はい」
「弘。頑張るのです!」
「おう」
お茶タイムを終えて、俺たちは、現世の鏡のところへと移動した。




