神さまの属性のお話をしました。
俺たちはかやぶき屋根の家に戻ってきた。
思い残したことは、ずいぶん減った気がする。これからは、神さまとしての修業に専念できそうだ。
「縁結びなら、私よりも出雲の大国主命のほうが詳しいんだが、このくらいは許してもらえるだろう」
天照さまがふふふ、と微笑んだ。
「工藤君、これで君も神さまとしての一歩を踏み出したわけだ。時々は、ふたりのことを気にかけてほしい」
「はい!」
「恋愛ごとは、わたしには難しいのですよー」
柚子がうらやましそうだ。
「神にも、柚子葉のような商売繁盛、大国主命のような縁結び、いろいろな性格がある。工藤君、君はどのような神になりたいのかな」
「うーん……恋愛も健康も学業もそれほど出来たってわけじゃないですからね」
俺は考えあぐねた。思いつくのは、家内安全くらいだろうか。
「家内安全をやってみたいです」と、俺は答えた。
「そうか。世界平和もまずは家庭の平和から、とは人も言っているし、良い心がけだね」
「弘らしいのです」
神さまの先輩方にそう言ってもらえたのは、ちょっと嬉しかった。
「今のご時世、家内安全を願う子どもたちがどれほどいるか、知っているかい? 工藤君は、良いカルマのおかげで父母に恵まれたからいいが、世の中には親の不和や、いい学校、いい会社だけをレールに敷かれて苦しむ子どもたちも結構いるんだよ」
「そうなんですか」
「現世の鏡で、家内安全を願う子どもを探すこともできる。君とその子どものカルマが許せば、神としてその子を見守ることができるだろう。やってみるかい?」
「はい。……でも、いろんなことがありすぎて、なんだか疲れてしまったみたいです」
俺は素直にそう答えた。
「お疲れさん。そうだね、すこし休むといい」
「はい」
俺は囲炉裏の前で横になった。
お稲荷さんの柚子が商売繁盛。まだお会いしたことはないけれど、出雲の大国主命さまが縁結び。あれっ。じゃあ、天照さまはどうなんだろう。
「……天照さまは、何のご加護をされているんですか?」
横になったまま、俺は天照さまに聞いてみた。
「私かい? 工藤君は伊勢神宮に来てくれたから知っているだろうが、あそこは内宮と外宮があるだろう。そして、神の荒魂を祀るところもある。それぞれに役目があるんだが、内宮も外宮も主な拝殿は神恩感謝といって、日ごろの神の加護を感謝するために来るところなんだ。そして、外宮は豊受大御神という、衣食住と産業の神を祀るところさ。こちらも神恩感謝、日々の衣食住や仕事があることに対する感謝を伝える場所なんだよ。人から感謝されたり、願いを叶えた後にお礼参りをしてもらったりすると、我々もさらに人々に加護を与えることができる。我々からすると、宝くじを当ててほしいとか、そういう俗な願い事よりも、人生の上でこうありたいという強い願いを持ち、その決意を述べてくれた方が加護もしやすい。そうして常に加護があることを感謝してくれると、もっと力になってあげたくなるのは神も人も同じさ。自分ではなく、誰かのために働きたいという願いは、願い事の中でも至上のものでね。我々もそんな人の願いを叶えられると心から嬉しい」
「なるほど」
「あとは、私には日本の総氏神という立場もあるし、太陽神としての働きもある。人が思うだけの数、その属性があると思ってくれたらいいよ」
「はい」
「工藤君は、縁結びが出来たね。意外に、恋愛面でもうまくやれるかもしれないぞ? 何せ私のところに来てくれた願いが……」
「わあ! ……でも、まぁ、神さまに隠し事をしても無駄って分かりましたから」
「来年に家族以外のバレンタインチョコがほしい! だったね」
「可愛い願い事なのです」
天照さまと柚子が微笑んだ。
……はぁ。隠し事が出来ないっていうのは、なかなかに辛いもんだ。
俺は側にあった座布団を枕に、早々に寝ることにした。
ちょっとずつ、人のために働けるようになれたらいいな。
そんなことを考えていたら、眠気が襲い、あっという間に視界が暗転した。
荒魂……神さまの属性の、荒ぶる部分……天変地異や疫病などを起こしたり、人々の心を荒れさせる性質。伊勢神宮には、これを慰めて祟らないようにしていただくために祈る場所がある。対する言葉の和魂は、神の慈愛を示す。同じ神でありながら別人格のような二つの魂の状態を示す言葉があるのは、日本だけかもしれない。




