地獄を見に行きました。
気が付くと、黄昏を終えた夜空の下のように薄暗いところだった。ぼんやりと洋風の建物が前方に見える。重い印象の装飾がされた壁や柱。ずいぶん立派な作りだ。窓がたくさんあるけれど、光がともっているのは一部屋だけのようだ。
「さあ、行くよ」
天照さまが歩き出した。俺と柚子があとに続く。玄関のドアを開けずにするりと抜けて、俺たちは光のある方へと向かった。部屋に近づくと、何やら、じゃらじゃらと金属のこすれ合う音がする。そっと部屋に入ると、ひとりの老境にさしかかった男性が椅子に座っているのが見えた。彼の前には、机があり、その上に箱が置いてある。箱の中身は金貨だった。用心深そうな爬虫類じみた瞳で金貨を見つめ、手にしながらそれを数えている。
男の横には黒いローブを身にまとった青年が控えていた。栗色の髪。夕暮れの反対側にある空のような群青色の瞳は、悲しみをたたえているようだった。
「こんばんは。邪魔するよ」
天照さまが青年に話しかけた。
「ああ、天照さま。……お久しぶりです」
青年は弱々しく微笑んだ。
「こんばんは」
「こんばんはなのです」
俺と柚子も挨拶した。
「このおじいさんは、ずっとお金を数えているのですか?」と、俺は気になったことを青年に尋ねる。
「ええ。金貨の箱は、私が作ってあげるのですが、すぐに無くしてしまうんです。だからまた箱を作ってあげるのですが……その繰り返しです」
青年が悲しげに言う。
「何だ! おい、お前俺の金を盗む気か!?」
老人が青年を睨んで怒りの様相を呈した。いつの間にか、机の上の箱が無い。
「ここに」と青年。
青年が「具現化」をしたのだろう、その手に新しい箱があった。
「なんだ、おどかしやがって」
老人は青年から箱を奪い取り、またじゃらじゃらとやり始めた。
「工藤君。この青年も神のひとりだよ。ずっとこの老人に寄り添って、助けているんだ。この老人はね、ケチで猜疑心が強くて、お金のことばかり考えるような人だった。強盗まがいのひどいこともして、お金を手に入れていた人だったから、今でもずっとお金を数えて、誰かが奪いに来ないか、いつも心配するはめになったんだ」
天照さまは物憂げに老人を見ていた。
「こちら側では、お金は必要ないのだけれどね。そのことに気づくまで、まだしばらくかかるだろう」
天照さまがため息をつく。
「いつも誰かに盗まれないかと心配しているなんて、確かに地獄ですね」と、俺は感想を述べた。
「そうだろう? だけどね、工藤君。はたからは地獄のように見えるけれど、この老人にとっては、今の状況が一番いいんだ。本人が変わりたいと思わない限り、このままの状況が続くんだよ。ひとを導くのは、なかなか難しいことでもある」
「なるほど」
「あとはこの青年に任せておいたらいい」
「俺にできることはないんですか?」
俺は老人に憐れみを感じた。
「その気持ちがあれば十分だよ、それだけでここに連れてきた甲斐がある。工藤君。この老人も、いつかは気づくさ」
天照さまはかすかに微笑んだ。
「さあ行こう。地獄は、あまり心地よいところではなかっただろう?」
俺たちを先導して、天照さまが部屋を離れてゆく。
「来て頂いて、ありがとうございます。あなた方にも、神さまのご加護がありますように」
青年がこっそりと手を振った。




