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あの世に戻ってきました。

「お疲れさん」


 天照さまの声が聞こえた。目を開けると、神社の建物の中だった。どうやら戻ってきたようだ。


「弘! 心配したのです」


 耳をぴんと張って、柚子が不安げな顔をしていた。


「柚子。ただいまだ」

「天照さまに助けていただいたですね。現世の鏡で見てたのです」

「ああ。天照さま、ありがとうございました」

「なに。助けを求める人に応じるのは神の勤めだよ。君も、後輩君を助けることができたじゃないか」


 天照さまが目を細めた。


「それにしても、ここに来てからわずか数日で、こちら側と現世を行き来できるようになるとはね。おまけに鬼まで『清めの御塩』で攻撃できた。工藤君、君はやはり私が見込んだだけのことはある」

「そうなんですか? ……あまり実感湧きませんけど」


 俺は頭をかいた。


「それはそうと、あの二人の背後にいたヤツは何なんですか?」


 ついでに、気になったことを聞く。


「鬼だよ」と、天照さまがわずかに顔をしかめて答えた。


「恨みつらみねたみや落ち込んだ気持ちを持つ人が大好きなんだ。そうして、人に取りついて事を大きくしようとする。だが、忘れないでほしいのは、取りつかれた人が悪くないということではないんだ。悪い想念を持った人間同士が集まると、そこに鬼が寄っていくようになるんだよ」

「なるほど」

「我々のような神は、鬼を払う役目を持っている。光の多いところや、温かな雰囲気、なごやかな雰囲気のところは、鬼が苦手とする。今回は私の光を当てて退散させたんだよ」

「俺にもできますか?」

「そうだね。ついでだから、邪気払いの基礎を教えておこう」


 天照さまはにっこりと笑った。


「鬼や悪霊を払うには、自分が清らかな存在であることが重要なんだ。心にやましいことがすこしでもあると、悪しき存在に付け入る隙を与えることになる。常に、清浄でほがらかで、ユーモアのある自分を忘れないこと。それが第一さ」

「はい」

「気持ちが温かい、落ち着く感じになれたなら、その気持ちのまま光の玉を思い浮かべる。やってごらん」

「はい、さっそくやってみます」


 俺は深呼吸した。呼吸が落ち着いてきたところで、光の玉を想像する。


 ふわり。


 俺の目の前に、小さな光の玉が現れた。


「あの『清めの御塩』では払えないくらい、鬼や悪霊の想念が強いときは、この光の玉をぶつけるんだ。そして、それほどに強い悪しき存在がいたときには、とっとと逃げることだ」

「えっ……逃げるんですか?」

「ははは。君がもっと神としての経験を積めば、除霊や浄霊をすることもできるだろうが、今のところは逃げたほうがいい」

「除霊に浄霊?」

「除霊は強い強制力を持って、取りついた人から鬼や悪霊を引きはがすこと。浄霊は、鬼や悪霊を説得して、取りついた人ともども、負のカルマから救済してあげることさ。除霊は、一度引きはがしても、取りつかれる人の気持ちがそのままだったら、いずれまた取りつかれてしまう。浄霊は取りついた鬼や悪霊を説得して、取りつかれた人ごと、良いカルマの道に進ませることだから、この場合はもう二度と取りつかない。先ほどの君の後輩君は、君に会えて気持ちが晴れているようだから、もう大丈夫だろう」

「そうなんですか……ありがとうございます」

「ここでもいろいろと経験を積むことだよ、工藤君。現世には現世の、こちら側ではこちら側での修行がある」

「ふーん……」

「そうだ。悪想念を持つ人間がどのような地獄にいるかを、一度見に行くといい。救済の手は我々も差し伸べているんだが、それに気づかない人がどうなるか、見ておくといい」


 天照さまはすこし残念そうな顔をした。


「地獄……?」

「ああ、巷のシューキョーで言うところの、針を千本飲んだり、窯で茹でられたりする恐ろしい地獄とは違うよ。あれは、罪を犯した人間を貶めることで、人が犯罪をしない人間に育つように作られた良いストーリーさ。実際には閻魔大王もいない。在るのは自分自身のやってきたことを総括し、反省して次の人生に活かせるように思いを巡らせるということなんだ。これがきつくて、なかなかそのプロセスに向かえないひともいる。輪廻転生のカルマを越えた工藤君には当てはまらないがね。それよりも、我々のような神々が、どれほど君たちを守り育てようとしているかを知ってほしい」

「はい」

「工藤君、柚子葉。では地獄に行ってみるとしようか」


 天照さまは俺たちに手を差し伸べた。


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