天照さまに鬼を払ってもらいました。
気が付くと、俺は高校の屋上にいた。晴美ちゃんが泣いている。ガンガンと階段を上る音が聞こえ、ふたりの、ここの生徒が現れた。見たことがある。晴美ちゃんの同級生だ。
「こんなとこにいたんだ、晴美」
「隠れなくてもいいでしょ、あたしたち友だちじゃん?」
ふたりの言葉に、晴美ちゃんがびくりと反応する。
「やめて」
晴美ちゃんはその声を振り払うように首を振った。
「ひどいことをするあなたたちは、もう友だちじゃない」
晴美ちゃんは語気を強めて言った。
「はぁ!? あたしたち、根暗なあんたの相手をしてあげてんだけど」
「晴美の絵、ひっどい絵だもん! 気が滅入るからきれいにしてあげたでしょ」
あはは、と笑う二人。
「もうやめてよ……」
晴美ちゃんは泣いていた。
これはいじめだ! 何とかしなくちゃ。
「おい、やめろよ」
俺は二人に言ったが、何の反応もない。霊である俺の声は聞こえていないのだ。
ふと二人を見ると、彼女たちの背後に何かがいるのが見えた。
(ソウダ! キニイラナイヤツハ、ヤッツケロ!)
声が聞こえる。よく見ると、大きな角が一本生えた鬼が二人の後ろにいた。
何だこいつ!?
俺が驚いていると、ヤツもこっちを見た。
(フン!? タカガ霊ゴトキガ、ジャマスルナ)
鬼が俺に飛びかかってくる。
とがった爪が俺の肩をかすめた。
びりりと破れる服。本気でこいつを食らったら、痛いだけじゃすまなさそうだ。
どうすれば!?
……そうだ、塩!
俺はズボンのポケットから『清めの御塩』を取り出した。
「えいっ!」
パラパラと鬼に向けて振りまく。
(ギャッ)
鬼は悲鳴をあげた。そうして、憤怒の形相になった。形もさっきより大きくなっている。
「根暗はこっから飛び降りちゃえ?」
「そうそう、この世から消えちゃえ」
二人の声が聞こえる。
(ソウダ、ネタミソネミヲ、コノ世ニ振リマケ!)
二人の背後にいる大きな鬼が叫んだ。
万事休す。
天照さま、こんなときにはどうしたらいいんですか!? 俺は無意識に天照さまを頼っていた。
そうすると。
きらりと太陽が光ったかと思うと、まぶしい光の柱が屋上に降りてきた。それは、すぐに人の形になる。天照さまだった。
(ギャッ、天照!)
鬼が驚いたようだ。
「鬼よ、この者らから立ち去れ!」
天照さまから放たれる光が、鬼を包んだ。
(ギャアアアッ)
鬼はたちどころに消えていった。
「……あれ? 晴美。こんなとこで何してんの」
「えっ!?」
晴美ちゃんが驚いている。
「弘人先輩が死んじゃったからって、後追いなんかしたらあたしたち悲しいよ?」
二人は晴美に言った。本心のようだった。
「絵のことはごめん。上手だと嫉妬しちゃったんだよね」
「もうしないよ」
二人の言葉に、晴美ちゃんは、何が起きたのか分からない顔をしていた。
「ちょっと一人にさせて」と晴美ちゃん。
「分かった。あたしたち教室に戻るわ」
「ちゃんと来るんだよ? 心配だからね」
二人は教室のほうへと続く階段を降りていった。
「さあ、工藤君。彼女に話をしたらいい」
ぽん、と天照さまは俺の肩を叩いた。
「えっ……弘人先輩!?」
晴美ちゃんがびっくりする。
「やあ、晴美ちゃん」
俺は、挨拶した。天照さまに肩をたたかれたら、晴美ちゃんに俺の姿が見えるようになったようだ。
「幽霊なんですか。本当に!?」
「ああ。今は、神さま見習いってところかな。神さまのそばで修行してるんだ」
「会いたかったです! ……今のは、弘人先輩が何とかしてくれたんですか?」
「ちょっとはね。でも、ここにいらっしゃる神さまの力で何とかなったんだ」
「神さま? 本当にいるんですか?」
俺は大きくうなずいた。
「あの二人に憑いていた鬼がいたんだ。俺も払ったけど、まだまだ神さまとしては初心者だからな。神さまがなんとかしてくれたんだ」
「良かった……弘人先輩にずっと会いたくて」
晴美ちゃんはまた泣きだした。でも、それは喜びの涙のようだった。
「弘人先輩がガンで亡くなって、落ち込んでいたら、あの二人が嫌がらせを始めてきて。ずっと苦しんでいたんです」
(たぶん、最初はあの二人なりの元気づけのつもりだったんだろうな。それに鬼が憑いて、ひどいことをするようになったんだろう)
天照さまが俺に心の声で言った。
(落ち込んでいると、悪い想念が身の回りに引き寄せられるんだ。彼女と友だちの低い想念に、鬼が入り込んだんだよ。もう心配はいらないと告げてあげてくれ)
「晴美ちゃん。もう大丈夫だから。あまり俺のことで悲しまないでくれないかな。俺はあの世で神さまになるために頑張っているから。晴美ちゃんも、これから元気に暮らすんだ。晴美ちゃんには画才がある。俺なんかよりも、ずっといい絵を描ける。俺が出来なかったことをしているんだと思ってくれないか」
「はい……弘人先輩」
「ん?」
「わたし、弘人先輩のことが好きでした」
「えっ」
「部活に入った時からずっと。それが言えずに亡くなってしまったから、わたし、ずっと落ち込んでいたんです」
「……そうか」
「わたし、もう負けません。あの二人も、最初は悪気がなかったんだと思います。二人ともわたしのことを考えてくれていたのが分かったら、ちょっとは、許せる気持ちになりました。これからは元通りに仲良くやれる気がします」
晴美ちゃんは笑顔になった。
「笑ってる晴美ちゃんは可愛いよ」
俺は晴美ちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。
(工藤君。そろそろ行くよ)
天照さまが俺を促した。
「そろそろ俺、行かなくちゃ。晴美ちゃん、俺のためにも、部活頑張ってな」
「はい!」
晴美ちゃんが手を振った。
俺は、ふわふわと宙に自分の体が浮くのを感じた。太陽の光に吸い込まれるような、温かな気を感じて、俺は目を閉じた。
鬼……人間の負の感情を好む闇の化け物。これが取りつくと、イライラ・嫉妬などの負の感情が人を襲うようになる。逆に、光あふれるところ、穏やかな心、清らかな意識を持つ人は苦手とする。気を付けなくてはならないのは、鬼が好む負の感情の立場を自分で作ってしまうことに自覚がないと、払ってもまた取りついてしまうことになる。大らかな心を持ち、鬼を育てないようにすることが重要だ。




