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その1

 その日僕は、急にバーベキューというイベントが恐ろしくなった。バーベキュー。奴はいつか、自分を殺しに来るんじゃないだろうか。そんな予感をふり払えない。


 得体のしれない恐怖。たまらなくなった僕は、ホイミちゃんに電話した。ホイミちゃんは最近仲良くなった女の子の友達だ。大学ですこし浮いている。ホイミちゃんなら、この不安を共有してくれるに違いない。


 電話がつながるとすぐに「バーベキューが怖い…ッ!」と悲鳴をあげた。挨拶なんてする余裕はなかった。


「あー、はいはい。分かりますー。バーベキューって、何かこわいですよねー?なんてゆーか、字面がすでにこわいですよねー」


 ホイミちゃんは一瞬で、僕のいいたいことを理解してくれた。さすがだ。これがホイミちゃんなのだ。


「そう。バーベがキューっと締められている感じがする。そんな感触が、手のひらにべっとりと残る」

「うーん、おそろしいですー…。バーベが何か分からないところも含めて」

「そうなんだよ。謎のベールに包まれたあのバーベですら、キューなんだよ。まるっきり子供あつかい」

「すごい…。うちらが五人がかりで、やっと倒せた相手なのに」

「そうなんだよ。あの死闘からすでに三ヶ月だよ。というかホイミちゃんはいつも、話が早くて助かる」

「分かりますとも、先輩。いえ、分からせて下さい。しかし先輩。おそれているだけでは、問題は解決しません。バーベキューから目を背けることで、恐怖はより強くなってしまうです。心の中で確固たる城を築いてしまいます」

「向かい合う勇気。それが必要」

「そうです、そうです。そのためには、バーベキューが何たるかをきちんと理解する必要があります。たとえば先輩。バーベキューの構成要素って、なんだか分かります?」

「なんだろう。聞こう」

「それはね、リア充な雰囲気を演出するための、ステロタイプな予定調和、ですー」

「なるほど。そしてそこからアウトプットされる、空々しい小芝居」

「空気の読めないうちらからしてみたら、予定調和にのっからなければならないプレッシャーと、そこから想定通りに転げ落ちるダメージで死亡確定ですー」

「ニュアンスは分かる気がする。空気読めないと何かとつらい」

「バーベキューやってると、きっといろんな些細なトラブルがあるんですー。火がうまくつかんかったり。そういうトラブルを、みんなできゃっきゃしながら解決していくですー。薪の位置を変えてみたり、火種をあおいでみたり、そういうのを相談しながらするんよ。でも、うちらは何していいのか分からんけえ、その後ろをチャッカマン持って、うろうろするですー」

「悲しい。何も産み出さない往復作業」

「はい。知らない宗教のお葬式に参加したときみたいな、心細い気持ちになりますー」

「あー、牛角にいけばすべて解決するのになあ」

「肉を食べるという行為が、バーベキューの本質じゃないけぇね。牛角さんが丁寧かつ親切に解決してくれちゃったらだめなんですよ。小さいトラブルをみんなで解決していくプロセスも含めて、バーベキューの提供する価値なんですー」

「くそう。あいつら文化的だ…」

「先輩。そこは宗教的、といいましょう。我々は弱者なんですから、それくらいは許されるはずです。それにしても、ああ、バーベキュー。誘われたらどうしようって思います。こわいですよね。おそろしいですよね。まあ、うちは誘われんけえ、別にええけど」

「僕も誘われない。よくよく考えてみたら、バーベが僕に興味をもたない。最近は特に、誰も僕を誘わない」

「それでええんよ。うちね。バーベキューに誘われたら、なんて断ろうかって、考えたことがあるんですよー」

「興味深い。続けて」

「バーベキューって夏にやるじゃないですか。なんで、誘われたら、夏が嫌いだから行きませんってゆーの」

「なるほど。そんな攻撃的な断り文句をズバッと言えるような人なら、そもそも断り文句を考える必要すらなさそうだけど」

「あ…それもそうじゃね」

「断り文句といえば、なんかの小説で、すごい断り文句を見たことがある。学校の友達からの誘いを、腕立て伏せするから行けないって断るの」

「わあ、アグレッシブ」

「ロックンロールだよね。いや、この場合ロケンロールというのが正しい文法だ」

「つげ義春はうちも好きです。使う機会があったら使ってみたいですね。何にせよ、バーベキューのきゃっきゃうふふ感?うーん、苦手ですー。ああいう見た目爽やかなのはなんというか…下心がすけてみえるのがダメです」

「でもまあ、自分はそんな爽やかバーベキューに参加したことないけどね。大学生二年生のころ、男5人で夜中にバーベキューしたことある」

「え、夜中に?」

「うん。大学の近くの公園に、七輪持ち込んでバーベキューしたの。そしたら追いはぎにあいかけた」

「えぇ?追いはぎ?」

「そう。チーマー風の男の子たちが5人くらいで集まってきて、おいその肉食わせろーって近づいてきたの。ナイフ持って」

「ええ…なにそれ、こわい。日本?」

「日本。こわすぎだよね。でね。いや、これはあげれません、って涙目でゆったら、一旦帰っていった。たぶん仲間を呼びにいったんだと思う。その隙に逃げた。自分でもびっくりするくらい機敏に」

「うわあ。逃げれたんだ」

「うん。でもちょうど七輪がいい感じに燃え始めたところだったの。七輪はもういつでも肉焼きますぜ、みたいなテンションになってんの。まだ状況が分かってない。まだ幼なすぎて。まあ、消して帰ったけどね」

「七輪かわいそうですー」

「そうなんだよね。まあ、そんな感じで、きゃっきゃうふふとは対極のバーベキューだったよ」

「それはそれで貴重な体験でしたね。うちはバーベキュー、家族以外といったことないですー」


 ここでふと。なんとなく。

 ホイミちゃんの意表をついてみたくなる。


 それで、試しにこんなことを言ってみる。


「そっか。じゃあ、明日一緒にバーベキューいこうか」

「え、あ?は?なに?」



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