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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
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2の1

 熱気と音が充満するライブハウスで、私は目を閉じ音の欠片を拾う。演奏者が訴えたいもの。技術。何かが色付くような音。売れる音。そこそこはいる。でもガツンと来る何かが欲しい。それは、そんな簡単には見つからないんだ。


「ちぃちゃん、どう?」


 隣に座っている悟おじさんに聞かれ、私が浮かべたのは苦笑い。その表情で理解した悟おじさんは、がっくり肩を落とした。



 幼馴染で恋人の連城洸(れんじょうこう)。彼がアメリカへ留学してしまい、私は暇を持て余していた。そんな梅雨のある日、洸くんのお父さんである悟おじさんに頭を下げられお願いされたんだ。


「ちぃちゃん頼む! ちぃちゃんの耳を貸して欲しい!」


 ピアニストの父とバイオリニストの母、二人のお陰で産まれた時から本物の音を私は聞いていた。だから耳は良いんだ。これは売れる、これはダメとかそういうのがなんとなく分かって当たる。それを知っていた悟おじさんからのお願い。

 おじさんの会社では、ある有名モデルの歌手デビューをプロデュースする事になったらしい。悟おじさんとしてはソロでデビューさせるつもりだったんだけど……相手側のプロダクションからの要望でバンドを組まなくてはならなくなった。相手も大手だし、この仕事を断って関係を悪くしたくはない。でもその子、私も歌声を聞かせてもらったんだけど歌唱力はそこそこ。Rエンターテイメントの名前を使って世の中に出すのにこのレベルというのは、悟おじさんのプライドが許さかった。だからバックのバンドに本物を揃えて歌のフォローをする作戦。その本物達を探すのに、私が駆り出されたという訳だ。

 放課後や休みの日を使い、悟おじさんと一緒にライブハウス巡りを繰り返す。何十箇所足を運んだのかもわからなくなってきて、いつの間にか蝉が鳴く季節になっていた。

 そうして今日もライブハウスで人材探し。でも中々収穫は無くて、疲れた溜息を吐きながら最後の人達がステージに上がりスタンバイするのを期待せずぼんやり眺めてた。


「悟おじさん……ドラム、この人が欲しい」


 鈍器で殴られたような衝撃に襲われ、うちから溢れた震えが私の体を揺らす。今はあんまりやる気のない音を出しているけれど、本気が聞きたくなる音だ。


「このバンド、ドラムと歌詞は良いと思う」


 気だるい感じでドラムを叩いているのは、スキンヘッドが特徴的なワイルド系の格好良さがある人。悟おじさんは演奏が終わる前にライブハウスの人に紹介してもらえるよう声を掛けに行ったから、私はそのまま演奏を聴いていた。

 演奏が終わり、ライブハウスの人から話を聞いたらしき彼が戸惑い顔でこちらへ歩み寄ってくる。さっきまでの演奏で震えた体の余韻に支配されていた私は思わず、スキンヘッドの彼に駆け寄って力一杯手を握った。


「あなたのドラム、本気が聴きたいです!」


 いきなりで自己紹介もなしだったから、とっても怪訝な顔をされてしまった。苦笑いの悟おじさんが私の後ろからやって来て、名刺を渡して自己紹介と呼び出した目的を告げると彼は目を見開いた。呆然とした様子で、名刺を穴が開く程見つめてる。


「あ、すみません……名前、松尾まつお(あさひ)です」


 少しの間の後で、我に返ったように彼は口を開いた。


「松尾くん、年は?」

「二十三歳です」


 悟おじさんが、守秘義務でまだ言えないけれどとある芸能人のプロデュースの話がある事とそのバンドメンバーを探している事を告げてから、彼を勧誘する。そのまま、考えてから連絡しますって感じで初対面が終わりかけたんだけど……それじゃあ納得出来なくて、焦った私はおじさんを仰ぎ見た。


「ダメ! 待って! 悟おじさん、今旭さんのドラムを聴けないかな?」


 私のお願いに、おじさんはちょっと待っていなさいと言ってライブハウスの人へ交渉しに行ってくれた。

 無事許可は下りて、絶対本気でやって下さいという注文を付けてから演奏してもらう。最初の一音で、全身が痺れたみたいになる。これだ、この音。私は、感動で震える手を握り締めた。音の余韻が消えて、すぐに私は旭さんに駆け寄り感動のままに抱き付く。


「あなたが欲しいです! 絶対良い返事下さい! 他のメンバーも頑張って探しますから! ね? お願い!」

「いや、あの……君は?」


 そう言われ、自分の紹介がまだだった事を思い出した。恥ずかしくて、少しだけ冷静になる。


くすのき千歳(ちとせ)っていいます! バンドメンバー探しのお手伝いをしてるんです! 私、旭さんの音に惚れました!」


 旭さんは縋り付いたままの私を見下ろして、苦笑した。旭さんはとっても背が高い。洸くんより大きいから、百八十センチは超えていそう。


「バンドメンバーにも相談して、考えてみるよ。……でも、そんなに熱烈な告白初めてだから嬉しい。ありがとう」


 絶対連絡下さいねって念押しして、旭さんとは別れた。

 涼しいけれど空気のこもったライブハウスから、夜でも衰えない夏らしい熱気の中へ踏み出しても興奮が収まらず、私の心臓は早鐘を打っている。メンバー探し、改めて頑張ろうと気合が入った。


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