表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋歌  作者: よろず
それぞれ…
53/57

広瀬 密

「広瀬さーん!」


 満開の愛らしい笑顔を浮かべて駆け寄って来たのは姫君。いつでも笑顔を絶やさず可愛いらしい女の子。だけれど妖艶な美女の顔も出来る、不思議な子。


「おめでとう、姫君」

「ありがとう!」


 喜びを全身で表現して、私に抱き付き頬へキスをしてきた彼女は今日、Hollyhockのギタリストである朔と入籍したばかり。つい先日二十歳になった彼女は、自分の人生をあっという間に決めてしまった。それを目の前で見ていると余計に、自分の境遇が悲しくなる。三十も過ぎて秘密の恋だなんて……やめるべきよね。


「千歳」

「はいはーい」


 呼ばれ、姫君は嬉しそうに夫となった朔のもとへと駆けて行く。

 最初の頃、私はてっきりこの二人が恋人同士なのだと思っていた。でもそれはどうやら違っていたみたいで、専属マネージャーとなってからよく観察してみた二人の関係は、難しいものだったみたい。その真相を私は旭から聞かせてもらったけれど、私個人としては、姫が朔を選んでくれて良かったと思う。だって、今の二人は本当に幸せそうで、互いを想い合っているのが傍目でもよくわかるもの。


「朔も、おめでとう」

「どうも」


 あんなに不愛想だったはずの朔が、照れつつも幸せそうに笑っている。


「これから社長の所かしら?」

「そう! 悟おじさんと洸くんに報告に行くんだ!」

「あいつには会いたくねぇな。殴りたくなる」

「こら朔、副社長をあいつ呼ばわりしないの」

「副社長だなんて、認めねぇ」

「朔が認めなくたって、副社長は副社長だからね!」


 心底不愉快そうに舌打ちしている朔は、社長の息子である副社長の事を毛嫌いしている。彼が帰国した後での最初の顔合わせの時には殴り掛かり、それを旭も翔平も止めようとはしなかった。頭に血を上らせて暴走し掛けた朔を止めたのは、姫君の涙。


『朔! 朔っ、朔……朔』


 何度も自分を呼ぶ声に、朔は慌てて姫君の所へ駆け戻った。


『朔、怪我はない?』


 朔の手を心配した姫君。


『お前はもう、大丈夫なのか?』


 姫君の心を心配した朔。


『大丈夫だよ。朔がいてくれるから』

『そうか』


 私はそれを見て、二人が心底羨ましかった。


 社長室へ向かう二人を見送る私のスマホに、メッセージが届いた。「いつもの場所」。短いこれは、旭からのメッセージ。呼ばれてすぐに向かってしまう私は結局、不毛なこの恋をやめられそうにないみたい。


「恵美」


 だってこんなにも、彼に呼ばれる自分の名前が特別に響く。伸ばされた手に歩み寄り、ご褒美みたいに与えられる深いキス。旭の腕の中、私の思考は停止して他の事なんて全部消えてしまう。


「朔と姫に、会った?」

「……会ったわ。幸せそうだった」


 今、その事を言わないで欲しい。現実を思い出してしまうから。思わず目を伏せた私を見て、旭が笑う気配がした。


「恵美が欲しい、堅実と安定。俺ってどうかな?」

「え?」

「恵美の嫌がっていたたミュージシャンだけど、これからもたくさん作詞して稼ぐから――俺と、結婚しないか?」


 一瞬で色々な事を考えた。マネージャーとミュージシャンの結婚なんてゴシップかしらとか。こんなに美形の旦那だったら嫉妬の日々かしらとか。それに、結婚式は出来ないのかしらとか。だけど……本当は、ずっと欲しかった言葉。


「その涙は、どっちの意味?」

「……指輪は?」

「ある」


 泣きながら要求する私の左手を取り、旭が嵌めてくれたのはダイヤモンドの指輪。


「ベタね」

「恵美は好きだろ、ベタ。ほんとはさ、誕生日にって思ってたんだ。だけど恵美が、あんまりにも切なそうに朔と姫を見てたもんだから……フライング」


 見られていた事に、私の顔には熱がのぼる。油断していた。


「返事は?」


 薬指のダイヤを眺めて、旭の顔を見上げて……だけどもう、余計な事を考えるのは放棄した。


「Yesよ!」


 彼の首に抱き付いて、キスをして、笑い合う。

 私と旭は、姫君と朔に続くように極秘で入籍する事となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ