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恋歌  作者: よろず
それぞれ…
50/57

翔平 き

 広瀬さんからの連絡を受けて待機していた駐車場で、車から降りて来たお姫さんの姿に血の気が引いた。血が滲んでいる口の端は腫れていて、目の側に痣。足を引きずって傷だらけのぼろぼろ。そんな限界の精神状態でお姫さんが頼ったのは――朔だった。朔を求めて彷徨う手。朔が掴んで握れば、顔が安堵で綻んだ。朔を見失えば泣きじゃくる。

 ねぇお姫さん。限界状態の時に求めたそれは、取り繕う事も出来ない状態の君が晒したそれは、剥き出しになった本心だ。

 ソファの上で、朔の腕の中で安心しきった様子で眠ったお姫さん。目が覚めると朔を呼び、朔の声で安心する。朔を映したその瞳は、見間違えようもない感情を覗かせる。紫色の宝石は、朔が好きだと叫んでいた。

 だけど、冷静になったお姫さんはいつもの彼女を取り戻し、溢れ出した感情に蓋をする。お姫さんは側にいる朔じゃなくて監禁彼氏を選んだんだって、俺は理解した。朔もまたそれを敏感に感じ取って消化して、再び見守るだけの日々に戻った。何にもなかったような顔をして、溢れる程に育ってる感情は綺麗に隠して、自分の中だけで大切に抱えたまんま。


「お前、マジで切ねぇって。新しい恋でも探したら?」


 見ていられなくなって、俺は朔に提案してみた事がある。でも、バカな朔は首を振る。


「無理」


 ほんと、バカな奴。


「あいつが笑ってくれたら、俺はそれで良い」

「一途過ぎんだろ」


 俺の言葉に静かに笑って見せた朔は、ただ側でお姫さんを支え続けた。バカやって、笑わせて、心配して側にいて。お姫さんが気に病まないよう、お姫さんの覚悟の邪魔をしないよう、感情の欠片でさえも見せないように押し殺してる。でも俺は知ってる。俺は、見てる。お姫さんが見ていない場所で朔の瞳は、お姫さんを好きだ好きだって、好きで堪らないんだって訴え続けてるんだ。

 誰かこのバカ、救ってくれよって思う。もう報われないんだから諦めちまえよって、俺と旭さんが何度言おうと朔の想いは消えない。一途でバカな、朔。


「恋人に会いに来たお姫さん見守るなんてさぁ……本当お前って、救いようのないバカだよな」


 飛行機乗ってまでついて来てさ。はしゃいだ様子で恋人のもとへ走って行ったお姫さんの背中を見送りながら、俺の口から漏れ出るのは深くて重い溜息だ。


「朔ってマゾだよな」


 旭さんだって呆れ顔だ。そんな俺らの反応に拗ねて、朔はそっぽを向く。


「日本とアメリカじゃ、千歳が危ない目に合ってたって助けらんねぇじゃん」

「健気だねぇ」


 思わず煙草が吸いたくなる。ヘビースモーカーの俺と旭さんに、アメリカはキツイ。そう言って嘆いた俺らにお姫さんが渡してくれた飴を、口に放り込んだ。スースーするハッカキャンディ。


「千歳だ」

「は? どこ?」


 口の中でカラカラ飴を転がしながら、朔の呟きに首を傾げる。


「まだ早いだろ」


 旭さんの言う通り、早過ぎる。まだ恋人の部屋でいちゃいちゃしてるだろう時間だ。見間違えなんじゃないかって疑いつつも目を凝らしてみれば、確かに、建物の入り口付近で見え隠れしている後ろ姿はお姫さんのもの。朔の野郎。本当によく気付くよな。呆れる。


「なぁ……様子おかしくないか?」


 旭さんに言われて、俺はお姫さんの姿をよーく見てみる。一緒にいるのは監禁彼氏。何かを話しているみたいだけど……彼氏の方、泣いてねぇか?


「どうして彼氏、泣いてんの?」

「再会の喜び?」


 旭さんも首を捻ってる。


「違う」


 そんな俺らに、朔が呟いた。お前には一体何が見えてるんだって訝しんで朔を眺めるけど、朔はそれ以上何も言わないでお姫さんを見つめ続けてる。その後すぐに戻って来たお姫さんが浮かべたのは、笑顔。彼氏との久しぶりの逢瀬を心底喜んでいる表情だ。


「おい。なんかあっただろ?」

「何かって? 久しぶりに恋人に会えて幸せ! 泊まってもっと一緒にいたかったなぁ」


 朔の言葉でお姫さんの笑顔が一瞬、崩れた。


「朔。とりあえず、ここ離れるぞ」


 旭さんも気付いたみたいだ。タクシーへ乗り込むとすぐに、お姫さんは流暢な英語で運転手のおっさんに話し掛けてタクシーは走り出した。機嫌良く、お姫さんは笑ってる。にこにこ、にこにこ……それは俺でもわかる、違和感のある笑顔だった。


「千歳。泣け」


 朔が呟いた途端、笑顔の仮面が剥がれ落ちて泣き声を上げた姫さんを見て、俺達はお姫さんの身に起こった事を悟った。



 日本に帰ってからのお姫さんはいつも笑っていた。いつも笑顔だけど、書くのは悲しい歌ばかり。社長もその違和感に気が付いて、聞かれたけど俺らは答えなかった。口を開けばきっと、あんたの息子の所為だと詰ってしまう。だから口を閉ざした。朔だけは捨てセリフを吐いていたけど、あれにはちょっと、スッとした。

 朔は、変わらずお姫さんの側に居続けた。特別に何かをする訳じゃなくて、いつも通りくだらない話して、みんなでバカやってお姫さんを笑わせる。お姫さんそっくりの美女の提案で一緒に住むようになってからは、お姫さんは前みたいな元気を取り戻した。やっぱり親の力はすごい。娘を心配して帰って来て、短い時間で彼女の心を晴らして去って行った。


「朔ってさ、毎晩お姫さんの部屋行って、ただ話してんのかな?」


 旭さんと酒を飲みながら話題に上るのは、朔とお姫さんの事が多い。


「違うだろ」

「やっぱ、旭さんもそう思う?」


 なんとなく、俺らは黙って耳を澄ませてみた。聞こえた物音で勘付いて、同時に噴き出す。


「乾杯すっか」

「だねー。おめでとー!」


 缶ビールぶつけ合って、切ない朔の横恋慕が実を結んだ事を祝った。


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