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恋歌  作者: よろず
それぞれ…
48/57

翔平 か

 バイトだ練習だって忙しくなっていく日々の合間にも、俺は愛香ちゃんとメッセージのやり取りをした。内容は当たり障りのない世間話が主で、おばあさんの皮を被ったオオカミ作戦。呼び出されて告白が日常茶飯事の愛香ちゃん。本人は興味ないって言ってるし、さりげなく、そういう奴らは怖いよって刷り込む。でも俺は優しいよっていうのは匂わせる程度に止めておく。――そうやって気付かれないようじわじわ、囲い込むんだ。


「翔平さん?」

「あっれー? 愛香ちゃん、学校帰り?」

「そうです。翔平さんは?」

「俺はバイト」


 偶然を装って遭遇してみたりもする。気付かない愛香ちゃんはまるで、森で花を摘む赤ずきん。オオカミさんは君を狙っているんだよ。


「そういえば、連城洸がクリスマスに帰って来るみたいです。朔って子、大丈夫かな?」

「どうだろねー? あいつにポーカーフェイスとか不可能だから」

「あれ以降、千歳ちゃんに何かしてないんですか?」

「んー……お姫さんに気付かれないようにやってるかなぁ」


 車で、寝ているお姫さんを抱き寄せたり。眠るお姫さんの頭撫でてみたり。髪にキスしたり。

 見てるこっちが切なくなる。


「中々諦められないものなんですかね?」

「愛香ちゃんには、わからない?」

「わからないです、愛とか恋とか。告白されても私の上辺だけを見られてる気がして、なんだかなって感じ」

「そっかー。愛香ちゃん、実は男前だもんね?」

「そうです。だから、可憐な君が好きとか言われると鳥肌が立つ」


 親しげに声を上げて俺は笑う。

 俺は君をわかっている。直接言葉にはしないけど遠回しで刷り込まれている事に、君は気付いてる?


 *


 クリスマスが過ぎてもうすぐ今年も終わる。そんな時、朔はまた切ない詞を書いた。


「朔さぁ、お前そんなにお姫さんが好きなの?」


 事務所の外にある喫煙所。寒くて誰もいないそこへ朔を連れて来て、俺は煙草に火を付けた。俺が吐き出す煙を眺めている朔の眉間には、深い皺が刻まれている。


「……好きだ」

「望みねぇって、わかってんだろ?」


 壁に背中を付けて、朔はずるずる座り込む。俺は黙って、灰皿へ煙草の灰を落とした。


「邪魔する気は、ない。でも、俺なら側にいてやるのにって……思う」


 ジリジリ近付く煙草の火を眺めつつ深く息を吸い、俺は煙で輪っかを作った。

 朔の恋は叶わない。お姫さんは監禁彼氏をマジで好きだ。朔にはきっと応えない。どこかで踏ん切りつけないといけない、横恋慕。蹲って顔伏せた朔を、俺は見守ってやる事しか出来ねぇんだ。朔の事は可愛い。でもそれ以上に俺にとって、お姫さんの幸せが最優先だから。


 *


 俺らのPV撮影へ顔を出したそいつは、確かに一見爽やか王子様。だけど朔の視線に気付いた瞳は鋭くて冷たい。笑ってるくせになんつう瞳をする男だよって、俺は内心で呆れた。あからさまな朔への挑発。朔がお姫さんへ向ける感情に気付いてわざとやってる。これは自分のものだって、そいつは見せつけやがった。

 仲の良い恋人達の姿を見せつけられた朔は、泣きそうな顔になって目を背ける。朔のその顔が周りに悟られないよう、俺と旭さんで囲って隠した。


 帰りの車中、朔は眠るお姫さんの名前を呼んだ。なんて愛しそうに呼ぶんだよって、俺の胸まで苦しく痛む声だった。そっと抱き寄せて、大切なものに触れるみたいに髪梳いて、眠り姫への口付けはどこまでも切ない恋の味だろうに。


「涎、垂れてた」


 目覚めたお姫さんへの誤魔化しの言葉。本当にバカで、どこまでも愛しいバカだ。俺の隣に座る旭さんも気付いていて、何も言わない。他人が周りからどうこう言ってどうにかなるような想いなら、朔はここまで苦しんでいないと思う。お姫さんも朔の想いに気付いていて動かないって事はきっと、彼女も朔の気持ちの整理が出来る時を待ってくれているんだろうな。だから余計に何も出来なくて、見守る事しか出来ない俺達はいつも、顔を見合わせて苦い笑みを浮かべるんだ。


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