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恋歌  作者: よろず
タチアオイの華
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 Hollyhockの仕事は、日を追うごとに増えている。音楽番組の常連になり、旭さんと翔平さんは深夜のラジオ番組のパーソナリティを始めた。二人の仲が良い掛け合いは女性だけじゃなくて男性にも人気がある。私と朔には二人でのCMの依頼が増えた。熱愛報道を否定しないままの所為か恋人設定のものが多いんだよね。そしてHollyhockのライブは、販売を開始すると即完売になってしまうからチケットを手に入れるのがとても大変らしい。目の回るような忙しさとはこの事かと思う程、今の私達にはプライベートでのんびりする時間っていうものはほとんどない。だけど夜。毎晩欠かさず朔は私の部屋へやって来る。まるで自分の部屋みたいに、当然のように入って来るの。


「もう寝たのか?」


 ベッドで横になり、うとうとしている私を朔が揺り起こす。


「千歳。起きろ」


 偉そうに言い放ち、朔は私のベッドへ潜り込んできた。私は眠い。でも朔はお構いなしだ。背中から腕を回して私の体をぎゅうっと力一杯抱き締める。


「眠いよ、朔……」

「千歳。なぁ?」


 耳元で囁いて、朔は私を求める。言葉じゃなくて行動で、私が欲しいって示す。


「朔、寝よう。このまま」

「俺は眠くない」

「私は眠いよ。今日は疲れた」

「千歳」

「ダメ」

「好きだ」


 ぱちりと目を開く。みるみる顔が熱くなっていくのを感じた。


「ずるいよ、こんな時ばっか」

「そんなしょっちゅう言えるかよ」


 朔の腕の中、首だけで振り向いた先の朔の顔は暗闇でもわかるくらいに赤く染まっていた。あんなにわかり易い歌詞を書く癖に、結構平気で恥ずかしい事だって言えちゃう癖に、決定的な言葉をくれる頻度はとても少ない。でもたまに与えられるその言葉が、私は堪らなく嬉しいんだ。


「ねぇ朔。今の朔が詞を書いたらどんなのが出来るのかな?」


 私達の関係が変わってからはまだ、朔は詞を書いていない。


「わかんねぇけど……書いて欲しいの?」

「うん。歌いたいな」

「考えておく」


 朔の答えに満足した私は微かな声で笑い、寝返りを打ってすり寄った。


「いいの?」

「何が?」

「わかってんだろ、悪女」

「悪女を欲しいのは、誰?」

「……俺」


 こういう駆け引きをする時、朔は私を悪女と呼ぶ。私が意識して悪ぶっているのを知っているからこその、私達の間だけの冗談。悪女と呼ばれた私は朔の首へキスをした。舌を出して舐めてみれば朔の体が震えるから、それに気分を良くして私は笑顔になる。


「朔」

「ん?」


 朔の胸に顔を埋めて、隠す。でもやっぱり喜ぶ顔が見たいから、朔をまっすぐに見上げて告げた。


「私、朔が好きみたい」

「……うん」


 朔はとんでもなく嬉しいって顔でにやけていて、それがとっても可愛くて、私は本当にこの人が好きだなと思った。



 朝起きて、私は朔の腕の中にいた。朔の寝顔って可愛いの。彼の前髪に指を滑らせて、額へキスをしてから私は起き上がる。


「千歳……」

「んー?」


 寝ぼけた朔が手を伸ばして来たから、握り返して寝顔をじっくり眺める事にした。髪を撫でると、朔の口元が幸せそうに綻んだ。朔の髪は固そうに見えるけど、触れてみると柔らかくて触り心地がいい。気に入っているその感触を楽しみながら、再び眠りへ誘うように私は髪を撫で続ける。


「書いた。詞。夜」


 片言で朔が言った内容に、私は少し驚いた。昨夜頼んだ事をもう実行してくれたんだ。私の視線の先で朔は、片目だけ開けてこちらを窺っている。


「机の上。曲付けて」


 朔の視線に見守られながら机に近付いて、置いてあった紙を手に取った。読みながら私は、頬を緩めつつも泣きそうになる。


「一緒に練習室、行く?」

「行く」


 二人で階段を下りて、防音の扉を開けた。ピアノの準備を整える私を、朔は床に座って見上げている。

 録音のセットをしてから鍵盤に指を置く。息を吸い、私は歌った。


 ****

 この想いの行きつく先は 悲しい場所だと思ってた

 でもそれで良かった

 願うのは君の幸せ 君の笑顔


 困っていたら助けるよ 泣いていたら手を伸ばす

 報われない想いだって良かった それで良かった


 君との関係は言葉にするのなら仲間というもので その場所だけは失えない

 だって仲間なら 君は頼ってくれるだろう?

 縋り付いて良い 無理した笑顔 作らなくて良い

 言葉で何度言ったって 頑固な君は聞きやしない

 笑顔の下で たくさん悩んでいる君

 君の笑顔には たくさんの種類があるって気が付いた

 本当の 幸せそうな笑顔を探す日々

 楽しそうな笑顔なら見つけたよ だけど涙もたくさん見つけてしまった


 この想いの行きつく先は 悲しい場所だと思ってた

 それで良いなんて そんなの嘘だ

 願うのは君の幸せ 本物の笑顔


 チャンスがあれば 手を伸ばす

 こっちを見て 君が欲しい 報われないはずの想いが決壊する

 助けを求めるなら いつだって駆け付ける

 一人でなんて泣かせない 独りになんてしないから

 伸ばしたこの手を取ってよ

 掴んだら 二度と離さない

 本物の笑顔を見せてくれるのなら何度だって言う

 何度だって伝える 君が好き

 ****


 明るくて優しい雰囲気の曲にした。歌い終わった私は、笑みを零す。


「側に、いてくれる?」

「いる」

「私を、好き?」

「好きだ。はじめて会ったあの時から。ずっと欲しかった」


 真剣な表情で、朔は私をまっすぐ見つめる。私は溢れる想いを笑みに変え、床に座ったままの朔の前に腰を下ろして両手を広げる。


「あげる」


 途端に腕を引かれ、バランスを崩した私は朔の胸へ倒れ込んだ。


「返せって言っても、返してやらねぇからな」


 すぐ側で聞こえる声が、震えてる。私は朔の背中へ手を回し、ちゃんと届くよう言葉にする。


「いいよ。私は朔が、好きだから」


 私達の顔に浮かぶのは泣きそうな、でも溢れる幸福が隠せない、そんな笑み。私の笑顔を満足そうに眺め、朔は固い指先で私の頬を撫でた。もう朔の感情は隠されない。はっきりと瞳が語り掛けて来る。私を好きだと、叫んでる。どちらからともなく近付いて、触れ合った唇は優しく甘い。そこから想いが溶け合い、何もかもが満たされていく。

 永遠の愛がない事は知っている。だからこそ努力が必要な事も、言葉を交わす事の重要性も学んだ。不変も永遠もないこの世界。泣いて悩んで迷った末に私が手に入れたのは、本物の笑顔で笑い合い、朔の隣で生きる未来。


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