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恋歌  作者: よろず
タチアオイの華
32/57

2の25

 学校では、朔がまた過保護になった。登下校はもちろん昼休みだって一緒だ。待ち合わせをしている訳じゃないのに朔は、学食でぼっち飯してる私を見つけ出す。避けていた間は隠れる為にコンビニのパンで済ませていたんだけど、それはもうやめた。朝は朔がうちまでバイクで迎えに来て、帰りはどちらかがバイクの所で待つ。心配だからって旭さんと翔平さんにそうするよう頼まれたっていうのもあるけど、私も寂しくなるから避けるのはおしまいにしたの。強がってみても結局、孤独は心を蝕むんだ。

 歌って泣いたあの日から朔は何もして来ない。また上手に、感情は隠されてしまった。


「千歳飴」

「やっほー。今日のご飯は何かね?」

「鯖。食いたい?」

「食べたい。オムライスいる?」

「食う」


 いつの間にか習慣付いたおかず交換。色々な味をちょこっとずつ食べたい私に、嫌な顔せず朔は付き合ってくれる。昼休みは癒される。でも教室にいる時間は、はっきり言って苦痛だ。水ぶっかけ犯達はよく、私を睨んでいる。忌々しげなその視線の理由は未だに思い至らない。彼女達が不快になるような何かをした覚えはないんだけどな。強いて挙げるのならダサ子スタイルか。この格好が不況を買っている可能性はある。でも服装なんて個人の自由だ。不潔な訳でもないし。


「痛っ」


 ホームルームが終わり、教室を出た所で突き飛ばされて転んだ。掌と膝が痺れるように痛む。ダサ眼鏡は吹っ飛んでしまった。溜息を吐き出し、私は眼鏡へ手を伸ばす。拾おうとしたそれは目の前で踏み潰された。


「ごめんなさーい」


 悪いなんて欠片も思っていない声。良い気味だと思っているだろう感情が、歪に滲み出した声だった。

 私は呆然とひしゃげた眼鏡を見つめ、腹の内から怒りが湧くのを感じた。三人が、私の誕生日にくれた眼鏡。それが変わり果てた姿で目の前にある。その非道をなした足を辿り、顔を上げる。遠くで悲鳴が聞こえた――――


「千歳!」


 駆け付けた朔が割って入った頃には、私も相手も酷い状態になっていた。頭の中が怒りに染まり混乱している。覚えているのは、拳で相手の顔面を殴った痛み。髪も掴んで引っ張った気がする。その後は……囲まれて、あちこちから出て来た足や手に襲われた。怒りに我を忘れていた私はめげずに応戦したんだ。


「離してッ! やり返すんだから!」


 朔に羽交い絞めにされた私はがむしゃらに、暴れる。


「怪我してんじゃねぇか! 今日撮影だぞッ!」


 怒鳴られ血の気が引いた。今日、PV撮影だ。


「どこ怪我した? 見せろ」


 乱れた髪を掻き分けられ、傷の確認をされる。我に返った途端痛みの感覚まで戻って来た。気付けば、至る所が痛い。


「どうしてこんな事になってんだよ? 何があった?」

「だ、だって……みんなに貰った、眼鏡が……」


 私の視線の先には、ひしゃげてレンズが砕けた眼鏡が落ちている。どうしてここまでされないといけないのか、本当に全く心当たりがない。


「眼鏡なんてまた買ってやる。来い。事務所行くぞ」

「朔、あちこち痛い」

「まず保健室か」


 込み上げた嗚咽と涙は、歯を食い縛って耐える。朔に手を引かれながら振り返り睨んだ先で、相手の子達は間抜けにもぽかんと口を開けて私を見ていた。



 保健室で消毒してもらった後に鏡で見た私は、ぼろぼろだった。傷と痣が顔にまで出来ていて、口元には血が滲んでいる。


「どうしよ、朔。今日、衣装どんなのかな……」

「わかんねぇけど、広瀬さんに電話してくる」


 スマホを手に朔がどこかへ行こうとして、何故か止まって振り向いた。どうしたんだろうと見上げた視線の端で自分の手が、朔のシャツを掴んでる。なんだこれ。無意識だ。


「震えてる」


 掬うように朔は私の手を取り、両手で包み込んでくれた。このぬくもりに縋ったらダメなのに……耐えなくちゃいけないのに、弱音は勝手に零れ落ちる。


「朔、痛い、どうしよ、仕事っ……みんなに、迷惑っ、を」


 震える私の頬へ、朔の手が伸びてくる。朔の右手が頬を撫で、そのまま滑るように後頭部へ回された。その手に導かれ、私は抗わず身を寄せる。ぐちゃぐちゃの感情が涙として溢れ出す。


「なんで、私、何もしてなっ」

「千歳。大丈夫。仕事もなんとかなる。大丈夫だ」


 もう我慢なんて出来なくて、朔に縋り付き私は大声を上げて泣いた。

 結局、朔が連絡しなくても広瀬さんは現れた。どうやら学校側から連絡が行ったみたい。私の怪我を見て広瀬さんは渋い顔をになったけどそれは心配によるもので、彼女の目には涙が滲んでいる。遠慮がちに頭を撫でてから、広瀬さんは壊れてしまうのを恐れているような力で私を抱き締めた。


「ごめんなさい。今日、撮影どうなりますか?」

「それよりまず病院へ行きましょう。話はそれからよ」

「はい……」

「朔は先に事務所へ行って、他のメンバーと指示を待っていてくれるかしら?」


 広瀬さんの指示に対して朔は頷いたんだけど、その後で二人が私に視線を向けた。私も立つよう促されてるんだと思ったけど、体が震えている所為か力が上手く入らない。


「千歳。俺も一緒に行ってやる。だから手、離せ」


 気付けばまた、私の手は朔を求めていた。私がシャツを握り締めた所為で、朔は動けないんだ。


「朔、行っちゃやだ」


 口から勝手に、言葉が溢れる。


「一緒にいて」


 なんで? なんでなんで? どうして私、こんなにダメなの? 自分の言動すら訳がわからなくて、何もかもがぐちゃぐちゃだ。喉が引き攣って苦しくて、溺れてしまいそう。口からは朔の名前が溢れて止まらない。手を伸ばし置いて行かないでと泣く私を、朔は抱き締めてくれた。背中へ回った朔の手が、あやすようにして何度も撫でてくれる。耳元では朔の声で「大丈夫」が繰り返され、魔法のように私は涙の海から救われた。


 *


 朔に抱えられるようにして車に乗り、病院へ行った。打撲が酷くてあちこち痣だらけ。いつの間にか右足首も捻挫していたみたい。骨に異常がなかったのが救いと言える、私の現状。病院から事務所へ向かう車の中、朔のぬくもりに身を預けた私は何回も何回も謝罪を口にした。


「姫!」

「姫さん!」


 Rエンターテイメントの駐車場では、旭さんと翔平さんが待ち構えていた。朔に抱えられるようにして車から降りた私を見つけた二人は泣きそうに顔を歪ませる。その顔を目にした途端また涙が溢れ、止まらなくなった。力が入らなくて、どうやって一人で立つのか思い出せない。


「ごめ、ごめんなさい……わたし……」

「千歳。大丈夫。大丈夫だ」


 朔が私を包み込み、頭を撫でてくれる。その腕の中で立てなくなってしまった私の事は旭さんが抱き上げてくれた。泣いてる場合じゃない。自分で立って歩かなくちゃ。みんなに謝らなくちゃって思うのに、体が言う事を聞かない。思考は絡まり落ち着き方すら忘れてしまった。


「朔、朔、止まんない、涙。朔、助けて」


 朔なら助けてくれる気がして、手を伸ばす。伸ばした手を朔が握り返してくれたら、触れた場所から安堵が広がった。少しだけ混乱状態が落ち着いた私は力を抜き、朔の手を握ったままで身を委ねる。どこかの部屋のソファへ下ろされた拍子に朔の手を見失い、私は幼子のようにぐずった。触れていないと怖い。怖いものに襲われる。でも朔なら守ってくれる。尋常じゃない様子の私の隣へ朔はすぐに来てくれた。そのぬくもりに包んでもらえれば、何もかもから守られるような気がした。朔の体温にくるまれ安心した私は、眠くなる。嫌なもの、怖いものは全て遠くなり、沈む意識に抗わず私は目を閉じた。


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