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恋歌  作者: よろず
タチアオイの華
29/57

2の22

 学校では徹底的に避けていたのに、ついに下駄箱で捕獲されてしまった。嫌がる私を連行した朔はバイクが止めてある所まで迷わず進む。私専用ヘルメットを押し付けられたけど、頬を大きく膨らませて無視していたらダサ眼鏡が奪われ無理矢理被せられた。行く場所はわかってるから、観念した私はバイクの後ろへ跨り朔のお腹へ手を回す。予想通り朔のバイクはRエンターテイメントのビルの地下駐車場へ入って行き、止まったバイクからさっさと降りて一人でスタジオへ向かおうとしたけど阻止される。そして素早い動きで両手が拘束された。手錠で。


「何これ怖い!」


 叫んだ私を落ち着かせるように頭の上へ手を置き、朔は自分を信じろと呟いた。


「俺を信用出来ないなら、旭さんと翔平さんを信じろ。怖い事はしない」


 意味がわからない。でもこれが何かの余興らしい事はわかった。わかったけど、視界まで遮られた事には納得がいかない。朔が首から外したネクタイで目隠しをされ、これじゃあ歩けないよって思った。この場所で変な事にはならないだろうし、旭さんの事は信じられる。でも視覚を奪われた事による恐怖で足が竦み歩き出せない。ぐずぐずと立ち止まっている私の腰に朔の手が添えられた。朔の腕に抱き寄せられ、体の熱を感じる程密着している。支えてるから安心しろっていう無言の意思が、朔の腕から伝わって来た。


「段差」


 恐々とだけど歩き出した私は朔の声に従い足を持ち上げる。通い慣れた場所なのに、見えないと何にもわからない。結局段差に躓き転びかけた。でも危なげなく支えられ、私の右手を朔の手が下から掬い上げる。まるで介護されている気分だ。


「ねぇ朔。これを外せば歩けるよ? 何があるの?」

「秘密」

「じゃあエレベーターに乗ってから目隠しじゃダメ?」

「ダメ」

「……朔、絶対楽しんでるでしょう?」


 耳元をくすぐる朔の声からは楽しそうな気配が伝わってきた。だから聞いたんだけど、聞かなきゃ良かったって後悔した。


「楽しい」


 即答され余計に腹が立つ。


「朔の変態」


 憎まれ口は、笑って流された。

 段差が迫ると一言断った後で朔に体を持ち上げられる。見えていない私は固まる事しか出来ない。外してと言っても外してもらえないのなら目的地へ着いてしまえば良いんだと気付いてからは黙って従い、エレベーターへ乗った感覚がした。静寂が私と朔を包み込み、目の前がふっと陰る。突然唇へ触れた熱に、私は激しく動揺した。怖い事はしないって言ったのに、朔の嘘吐き! 心の中で激しく毒づきながら、両手を持ち上げる。おもちゃの手錠が、冷たい音を鳴らした。


「千歳」


 そんな声で、私を呼ばないで。どんな顔をしているのかなんてはっきり想像出来る。だって私達、それだけ毎日一緒にいた。私にとって、朔は大切。旭さんも翔平さんも、みんな大好き。親愛のキスは出来るよ。でもこんな情愛のキスは、私達はしたらダメだ。私が恋に落ちた音色を奏でる、朔の指。頬を滑る指先に、体が震える。お願いだよ、朔。こんなの、みんなが不幸になる。


「いてっ」


 忍び込んだ舌に噛み付いて、私は朔を突き飛ばした。目は開けられないけど、気持ちで睨む。


「朔のバカ! 変態!」


 口をついて出たのは、泣きそうな声。震える体を叱咤するけど、ダメだ。涙、出てくるな。


「悪い」


 朔の声から、色が消えた。視界が塞がれているから、朔が今どんな顔をしているのかわからない。私はここで朔を振り払って、傷付けて、終わらせてあげないといけないんだ。でもどうしてだろう、喉がひり付いて言葉が出ない。ずるい私は、手放せない。――最低だ。


「も、もうこれ外して! 遊びは終わり! 付き合ってらんない!」


 震える声を誤魔化すように大声を出して、エレベーターが止まった気配で口を閉じた。誰かが入ってくる可能性を考えたんだけど、どうやら目的の階へ辿り着いただけのようだ。


「もう着く。もうしないから……もう少し、付き合え」

「何に、付き合うの?」


 二つの意味に取れる言葉。思わず聞き返した私の手を朔がそっと掴み、引いて歩く。涙はいつの間にか引っ込んで、私は聴覚で状況を窺う。無言の朔からは、何も読み取れない。この遊びに付き合えって事? それとも、朔の気持ちの整理をする時間に、付き合えって事なのかな? ねぇ朔。私、そこまで察しが良い子じゃないから、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。


「着いた」


 立ち止まった朔の手があっさりと私から離れ、ネクタイと手錠が外された。いきなり明るくなった所為で、目が霞む。


「ハッピーバースデイ!」


 大勢の人の声と共に、クラッカーがいくつも鳴らされた。霞んでいた視界が開けて見えたのは、誕生日会の会場だ。旭さんと翔平さんだけじゃなくて、悟おじさんとRエンターテイメントでHollyhockに関わってくれている人達が勢揃いしている。嬉しい。けど、私の足からは力が抜けて泣き崩れた。蹲り、顔を覆って泣き出してしまった私に、周りの大人達が動揺している気配がする。


「え、何? そこまでの号泣は想定外なんだけど?」

「姫? どうした?」


 翔平さんと旭さんの心配する声が聞こえた。だから私は声を振り絞って「サプライズ、嬉しくて」と答える。嘘じゃないよ。でも立っていられない程溢れるこの涙の理由は、少し違う。ぽっかり胸に、大きな穴が開いた気分。でもそれがどうして空いてしまったのか、自分でも理解出来ない。頭の中を支配するのは、あっさり離れた朔の温もりと、今は遠くにいるけど待っているねと約束した恋人の顔だ。


「うーん……手錠と目隠しはやり過ぎだったかな? 怖かったかい?」


 悟おじさんの声が降って来て、私はぶんぶん首を振る。


「誕生日、忙しくてすっかり忘れてた。こんなにたくさんの人に祝ってもらえるなんて思ってなかったから、すっごく嬉しい!」


 制服の袖で涙を拭ったら、すかさず目の前にハンカチが差し出される。女性らしいそのハンカチの持ち主は広瀬さんで、彼女も心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込んでいた。目が腫れちゃうからと言って、広瀬さんはそっと顔を拭ってくれる。もう一度お礼を口にして笑顔を浮かべたら、私の涙で動揺させてしまったみんなもほっとしたように笑う。そうして始まった私の誕生日会は、とっても盛大なものだった。人数に合わせたケーキは大きくて、プレゼントも山のよう。


「これは、洸からだよ」


 悟おじさんが渡してくれたのは、可愛らしい包み。丁寧に包装紙を解いた中に入っていたのは、入浴剤とボディケア用品と、メッセージカードだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 愛しいちぃ


 誕生日おめでとう。直接会いに行って祝えないのが残念でならないよ。

 最近は忙しくしているみたいだね。父さんから話は聞いているし、ネット上だけでなくこちらのニュースでもちぃ達の活躍を知る事が出来る。

 アメリカの大学での勉強は、はっきり言ってハードだよ。本当に毎日が勉強漬けで、嫌になる。それに、ちぃの声が聞けなくなってとても寂しい。

 ちぃは、ちゃんと休めている? 体調を崩したりはしていない?

 忙しい合間にこの入浴剤を使って、癒されて欲しいな。そしてその短い時間だけでも良いから、俺を想って。


 体に気を付けて。   洸

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 カードからふわり香ったのは、洸くんの香り。寂しくて、会いたくて、胸がぎゅうっと苦しくなる。


「姫、これは俺ら三人から」


 旭さんから手渡されたプレゼントは三人合同。中身は、喉ケアグッズとダサ眼鏡。思わず噴き出した。


「喉を大切にね、お姫さん」

「学校でそのダサ眼鏡掛けろよ、千歳飴」


 ありがとうって言って、みんなにハグとキス。でも、朔にするのは躊躇った。不自然に止まった私を一瞥して、朔は自分から私にハグと頬への軽いキスをする。動揺した私は、咄嗟に出てしまった手で朔の頭を叩いた。


「やめろ、変態!」

「いつもはお前からしてくるだろ?」


 そうだけど、そうじゃない。今はもう、そうじゃない。それだけでは終われない。


「じゃあ俺もお姫さんにちゅーするー」

「あ、俺も俺も」


 翔平さんと旭さんに挟まれて、両頬へキスされた。「ぎゃー、変態!」なんてわざとらしく叫んだ私は、プレゼントの包み紙を三人へ投げつける。途端にバラバラに逃げ出した三人は、お祝いに駆けつけてくれた多くの人の中へ紛れてしまった。笑顔になった私は、集まってくれた人達一人一人にお礼を言って回る。そうして楽しい時間は終わりを告げ、誕生会がお開きになった後の練習はお休みで、仕事も入っていないからいつもより早く家に帰れた。こんなに早い時間家にいられるのなんて久しぶりだ。これはもしかしたら、悟おじさんからのプレゼントの一つなのかもしれない。時計を確認すると、洸くんがそろそろ起きているだろう時間。声が聞きたくて堪らない。プレゼントのお礼も、伝えたい。でも――何度鳴らしても、洸くんは電話に出なかった。学校がハードだとメッセージカードに書いてあったから、疲れてまだ眠っているのかもしれない。そう考えつつもしょんぼり落ち込んだ私はお風呂場へ向かった。湯船にお湯を溜めて、洸くんがくれた入浴剤を溶かす。のんびりお湯に浸かりながらも、私は脱衣所に置いたスマホを気にし続けた。

 いつまで待っても鳴らない電話。何度も液晶画面を確認する。もう一度かけてしまおうかと悩み、やめておく。着信は残っているはずだから気付いたら掛けて来てくれるはずだ。それが出来ないのなら、電話をする時間がないって事。何度目かもわからない時間の確認。時計が二時を過ぎた所で私は諦めた。寂しくて、会いたくて、会えないのなら声が聞きたくてもそれすら叶わない。ベッドボードへ手を伸ばし、取り出したのはパフュームボトル。懐かしい洸くんの香りを嗅いで、私は目を閉じた。


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