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恋歌  作者: よろず
タチアオイの華
26/57

2の19

 いくら春めいたとはいえ今はまだ四月。海に入る人なんて誰もいない。だってまだ海開きなんて当分先だもん。まだまだ肌寒い春の海岸で水着姿の私。白い砂浜が眩しい……なんて、柔らかな日差しの中では言えないかな! 着ているのは瞳と同じ色の紫のセクシービキニ。仮面の代わりにサングラスと麦わら帽子で顔を隠した私は水着の上にモコモコのコートを着て待機中。これから、夏に発売予定の新曲のPV撮影をするの。


「四月の海がこんなに寒いなんて知らなかった」


 寒がりの朔は体にコートを巻き付けて震えている。私は無言でホッカイロを手渡してあげた。同じく無言でそれを受け取った朔は、私が暖めておいたホッカイロを握り込んで体を丸める。まだ撮影が始まらないからって頭の上にかけていたサングラスがその衝撃で落ちて顔に戻っちゃったけど、よっぽど寒いのか面倒なのか朔はそれを放置。


「これで水遊びすんだろ? マジかよ」


 坊主頭が寒そうな旭さんは朔ほど寒さが堪えてはいないみたい。震える朔の隣で腕を組んで海を睨んでる。


「なぁんか、責任感じちゃうなー」


 自分が歌詞を書いた曲のPV撮影だからか、翔平さんは苦笑い。

 デビューから十カ月、驚く程の速さで世間に浸透したHollyhockの曲。最近は新たな一面を見せるって目的で、旭さんの曲だけじゃなくて翔平さんや朔が作詞した曲も採用されるようになって来た。


「え? どうしてお姫さんワンピース着てるの?」

「姫の水着姿で寒さなんて吹き飛ばそうと思ってたのに! もう頑張れない……」


 寒さから身を守るように固まっていた私達はスタンバイして下さいっていうスタッフさんの声でコートを脱いだんだけど、コートを脱いだ瞬間、私は翔平さんと旭さんからの大ブーイングを受けた。そんなにがっかりした顔で見つめられたって困る。まずは海をバックにしたステージで演奏するシーンだから、水着の上に白いロングのワンピースを着てるんだ。


「残念でした」


 わざとらしく舌を突き出してみたりしながら私はステージ上へ駆け上がる。私はサングラスと帽子、みんなはサングラスを装着して顔を隠した。撮影が始まると、さっきまでの空気とは一変して真面目モードになる。演奏している間は朔の震えだって止まっちゃうから不思議。さっきよりも薄着なのにね。夏らしい服装をした私達は、水遊びの元気な曲を歌った。

 演奏が終わるとスタッフさん達の連携作業で楽器やステージが素早く片付けられて今度は水遊びをするシーンの撮影に入る。自由に遊んで良いよって言われたから、私達は本気で遊ぶ事にする。各自水鉄砲とぱんぱんにした水風船を持って戦闘開始!

 開始早々、なんと私は三人からの集中攻撃を浴びた。


「ひどい! いじめだ! いきなりびしょ濡れだよ!」


 着たままだった白いワンピースは乾いている所なんてないんじゃないかってくらいびしょ濡れで、髪からは水が滴っている。三人への抗議の声を上げた私に向かって、翔平さんが口角を上げて意地悪く笑った。


「これはお姫さん、水着になるしかないっしょー?」


 その言葉で三人の連携プレイの意図を悟り、ふくれっ面を作った私は少し悩む。思惑通りに水着姿になるのは悔しいけどこのままじゃ濡れたワンピースが重いし、目的が達成するまで三対一の集中攻撃に合いかねない。観念した私は帽子とサングラスを一度外してからずぶ濡れワンピを脱ぎ捨てた。脱いだワンピースはスタッフの一人に手渡して、再び帽子とサングラスを装着してから犠牲になったワンピースの仇をとる為駆けだした。まず狙うのは翔平さん。両手一杯に抱えたぱんぱんの水風船をぶつけまくる。


「いてぇ! 地味にいてぇ!」

「変態おやじに天罰だ!」


 スタッフさん達の手により次々と補充される水風船。その箱の側へ陣取った私は続いて旭さんに狙いを定める。


「冷たい! 朔卑怯だよ!」


 旭さんへ向かって水風船を振りかぶった私の背後に忍び寄っていた朔が、水鉄砲で攻撃を仕掛けてきた。


「油断してんのがわりぃんだよ」


 文句を言う私に向かって朔が舌を突き出した。水鉄砲を持っていない方の手であっかんべーなんてしてくるから余計に腹が立つ。


「そっちがその気ならやってやるんだから! 覚悟しろ、朔!」


 怒りをパワーに変えて、朔に向かって猛ダッシュをした私は目標へ飛び付いた。笑いながらも走って逃げようとした朔の背中にすかさず取り付き、背中へよじ登って水鉄砲連射攻撃だ!


「つめてぇ! ばかやめろ!」

「正義は必ず勝つのです!」

「誰が正義だって? ――おいやめろって! てっめぇ……受けて立つ」

「ちょ、待ってどこ行くの? やだやだ止まってバカ朔ー!」


 バシャーンって派手な音を立てて海へ投げ込まれた。冷たい! 寒い!


「朔も道連れっ」

「やめろバカ! 放せ!」


 海の中で尻餅ついた私を笑って見下ろしていた朔の腕を引っ張って、体重掛けて海へ沈めてやった。これで二人共びしょ濡れだ。ざまぁみろ!


「姫。帽子流されてるぞ」

「え? うそ? どこ?」


 波打ち際にいる旭さんの言葉に焦って辺りを見回していた私の頭に、びしょ濡れの帽子が被せられた。


「最悪! なんて事するんだ、朔のばか!」

「海の妖怪」

「なっ、失礼! 帽子いらない!」


 怒った私は帽子を頭から剥ぎ取って朔の頭に無理矢理被せてやる。満足して濡れた髪をかき上げていると、楽しそうな朔の声が耳に届いた。


「おい。旭さんも海に引きずり込むぞ」

「イエッサー!」


 帽子を手に持った朔と駆け出して、二人で旭さんを狙う。


「やめろ! 年長者を敬え! 風邪ひくだろ!」

「助太刀致す!」


 朔が足、翔平さんが上半身を抱えて旭さんを海へ投げ込んだ。


「やっば。海坊主が現れた―」

「やだ! ほんとだ!」

「やめろ。笑い止まんなくなるだろ」


 翔平さんが、海から顔を出した旭さんの事を海坊主だなんて言うから三人でお腹を抱えて笑う。その発言に怒った旭さんが翔平さんを海に引きずり込んで、全員ずぶ濡れになった後は寒いの大合唱をしながら水を掛け合ったり誰かを海に投げ込んだりして浅瀬でがっつり遊んじゃった。カットの声が聞こえないくらい夢中になって遊んでいた私達は、拡声器で呼び戻された頃には唇が青くなって震えていた。駆け寄って来たスタッフの人達にタオルでぐるぐる巻きにされ、シャワーまで連行される。撮影はもう終わりだから、温かいシャワーを浴びて着替えて良いよって歩きながら言われて頷いた。

 着替えた後は監督やスタッフさん達へ挨拶をして、広瀬さんが運転する車へ乗り込み家に着いたよって起こされるまでふわふわ柔らかな夢の中だった。


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