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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
24/57

2の17

 私達の演奏を聴いた次の週、洸くんはアメリカへ発った。朝にまたねのキスを交わしたけど学校があったから、私は見送りに行けなかった。寂しさは、練習とレッスンに明け暮れて誤魔化している。


 桜の蕾が綻ぶ時を待っている、三月。私は朔と旭さんと翔平さんと一緒に我が家のテレビ前へ張り付いた。録画のセットもばっちりだ。


「そろそろじゃねぇか?」


 ちらちら時計を気にしていた朔が、呟いた。


「第一弾、旭さん!」

「どうして俺が一番手なんだよ」

「しっ! 多分次だよ」


 口元に人差し指を当てた翔平さんの言葉で口をつぐみ、四人揃って耳を澄ませる。番組がCMへ移行したのと同時、流れて来たのは私達のデビュー曲! 画面に映し出されたのは仮面姿の男女。妖艶な美女が纏う香りを楽しんだスキンヘッドの男性の唇が赤い唇へ吸い寄せられるように近付いて触れ合う寸前、曲が絞られ商品を宣伝するナレーションが入る。


「キャー! すごーい!」

「ヤバイ! 恥ずい! 死ぬ!」

「でも仮面被ってるし、知り合いくらいしか旭さんだってわかんないねー」

「千歳飴も普段とは別人だしな」

「そんな事より、曲だよ! 流れた! 感動だぁ!」


 感極まった私は、旭さんのスキンヘッドへキスしてから跳ね回った。明日は翔平さん。明後日は朔。明々後日が四人揃ったバージョンっていう順番で放送されるんだ。


「来週は渋谷にポスターが貼られるんだろ?」

「誰のかは見てのお楽しみだってさー」


 朔と翔平さんの話題にのぼっているポスターも、四人で一緒に見に行く予定。

 翔平さんと朔バージョンが放送される時にも私達は集まり、私はまた感動の極致で大騒ぎした。朔に落ち着けって怒られたけど、どうやって落ち着いたら良いわからないんだもん!


「なんでこれ……?」


 渋谷に貼られたというポスターを観に行ったら、真っ赤になった朔が呟き蹲った。私も恥ずかしくて、顔が熱い。渋谷駅前のビルにでかでかと貼られたのは、私と朔のキス寸前の写真。それにキャッチコピーと商品名、会社名がプリントされている。しかも、駅前のスクリーンでは四種類のCMまで繰り返し流されてるの! オーランシュさんてば、ありがたいけどやり過ぎだよぅ!


「このCMの歌。カッコイイよね」

「ねー。初めて聞くけど、誰が歌ってるんだろう?」


 後ろを通った女の子達がそんな会話をしていて、喜びと同時に照れ臭さが沸き上がる。お互いの照れ顔を見合わせて、私達は逃げるように移動した。


 *


 日々が怒涛のように過ぎて行く。CMが話題になって、動画再生回数がぐんぐん上がって、六月一日のデビューライブのチケットも凄い勢いで売れているらしい。新しくCMのオファーも来たなんて話もあって、レコーディングにPV撮影と練習で毎日へとへと。家に帰るとお風呂へ入るのが限界で、ベッドに倒れ込むと即爆睡しちゃって気付いたら朝、なんて事が日常になった。

 そうして迎えたデビューライブ当日。例年より少し早く梅雨入りしてしまっていたけれど、雨は降っていない。屋外でのライブだから雨なんて最悪だ。開演時間が近付くと雲間から薄日が差しはじめ、関係者みんなで胸を撫で下ろした。

 ステージ裏にいる私の耳に観客のざわめきが届き、緊張の所為で暴れている心臓が口から飛び出しちゃいそう。


「千歳飴。来い」


 朔に腕を引かれて、力強いハグをされる。


「大丈夫。俺らなら平気だ。自信持て」


 押さえつけるみたいなハグのお陰で、私の震えは止まった。


「朔に励まされると思わなかった」


 茶化すように笑ったら、顔をしかめた朔に鼻を抓まれた。

 今日の私達の顔に仮面は無い。ライブでは、仮面は付けないんだ。ばっちりメイクに唇を深紅に塗っている私も、顔は隠していない。髪はウェーブをつけて下ろしているだけで、深紅の唇以外はいたってシンプル。メンバー全員、今回の為だけにデザインされたオリジナルライブTシャツにジーンズとスニーカー姿なの。

 開演時間が近付いて、四人で円陣を組んだ。


「楽しめば良い。それ以外何も考えるな!」


 旭さんの言葉に応えるように、大声で叫んで緊張を吹っ飛ばす。マイクを手に私は暗いステージ上へ進み出た。もう後戻りは出来ない。目を閉じ、大きく息を吸い込む。


「My Dear」


 マイクへ向かって曲名を呟いた私の声を合図にドラムが鳴り響いた。客席からは割れるような歓声が巻き起こり、会場が震えた。照明が上がると同時、デビュー曲の前奏が奏でられる。旭さんのドラムと翔平さんのベース、朔のギター。三人の音色に包まれ、私は気持ちを込めて歌った。この歌のイメージを届ける事だけを考えて、力強く。

 最後の音の余韻が消えるとまた、会場が揺れた。


「はじめまして! Hollyhockです!」


 私の言葉を合図にして、全員で揃って頭を下げた。観客席からの指笛や私達を呼ぶ声に励まされ、メンバーを紹介する。


「ドラム! Asahi!」


 ピンライトに照らされて、旭さんがドラムを叩く。


「ベース! Shohei!」


 今度は翔平さんへピンライト。ベースの低音が鳴り響く。


「ギター! Saku!」


 ピンライトの真ん中で、朔がギターを奏でた。


「ボーカル、姫!」


 三人の声で両手を上げた私は大きく手を振って、頭を下げる。観客の声で足元が揺れた。感動と興奮がないまぜになり、泣いちゃいそうになる。


「みなさん! 今日はHollyhockデビューライブへ足を運んで下さって、ありがとうございます!」


 言葉の合間合間に歓声や指笛が鳴り響き、歓迎ムードだ。沸き上がる喜びがそのまま笑顔に変わり、涙の気配を飲み込んた私は言葉を続ける。


「どうぞこれから、よろしくお願いします!」


 朔がギターを鳴らして私を見た。頷き私は、息を吸う。


「二曲目! ambition!」


 トークも交えて全部で五曲を歌い切り、私達はステージ上から裏へ戻った。汗だくで息も切れ切れの私の耳に、鳴り止まない歓声が聞こえる。アンコールの大合唱が聞こえて来て、四人で肩を叩き合い、再びステージへ駆け戻った。


「えー……アンコールは自由にと言われたんで、空気読まずに聴いて欲しい曲をやっちゃいます! バラードなんていかがでしょう? ――perfume」


 朔の、片想いの歌。

 実る恋ばかりじゃない。泣いているあなた達へ。少しでも前へ進めるよう願いを込めて、私は歌う。この曲を聴いて、たくさん泣いて、また一歩を踏み出せたら良い。


 歓声が鳴り止まない中、私達のデビューライブは無事に終わった。ここから私達の新しい日々がはじまる――――


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