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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
23/57

2の16

 朝は旦那様を送り出すような気分で洸くんを送り出して、私も出掛ける支度をする。今日もスタジオに集まって練習の予定。いつものダサ子スタイルで家を出た。


「千歳飴」


 事務所の最寄り駅で朔と遭遇した。ギターを背負った朔は、なんだかとっても寒そうだ。マフラーを口元までぐるぐる巻きにしているのに、身を縮めて震えている。


「やっほー! 寒いね!」

「なんでそんな薄着してるんだよ? さみぃだろ」


 朔が自分のぐるぐるマフラーを取って私の首に巻き付けて来た。私は平気なのに。


「ウィーンの方が寒かったから、このくらいなら大丈夫だよ? 朔の方が寒がりなんだから巻いてなよ」

「良い。巻いてろ」

「震えてるじゃん」


 歯をカチカチ言わせながら、マフラーを断固拒否する朔。男のプライドってやつかもな、と思ったから返すのは諦めた。今度から朔に会う時はマフラーを持参した方が良いのかも。こんなんじゃ朔の方が風邪引いちゃう。そんな事をつらつら考えながら歩いていたら、今度は手を掴まれた。首を傾げた私の手が、朔のコートのポケットへ突っ込まれる。


「大丈夫だってば。朔、過保護」

「千歳飴が寒々しいカッコしてんのがわりぃんだよ。見ててさっみぃ」

「歩きづらいよ」

「文句は受け付けねぇ」


 引っ張ってみても手は抜けない。文句もシカトされる。それならさっさと建物に入るしかないのかなって考え、歩く速度を上げた。


「おい。転ぶぞ」

「転ばぬ!」

「なら、走るか」


 ぽっけに手を奪われたまま、走り出した朔に引っ張られて私も駆けだす。速い上に、走りづらい! 必死について行ったけど、事務所へ着く頃には息が上がってあまりの苦しさに死ぬかと思った。


「こんだけで息切れるとか、運動不足じゃねぇ?」

「さ、朔が手加減、してくれないから、でしょ!」

「足遅ぇんだよ。これでも手加減した」

「暑い! マフラー邪魔! いらない!」

「へーへー」


 マフラーは取ってくれたけど、また手を掴まれた。なにゆえ手を繋ぐのか?


「朔、自分で歩ける」

「へーへー」

「何それムカつく!」

「へーへー」

「はーなーせー!」

「へーへー」


 全く取り合ってくれない朔にそのままスタジオまで連行された。私と朔が一番乗りで、スタジオは真っ暗。私が明かりを付けると、朔が足早に空調のスイッチへ歩み寄り電源を付けた。それぞれ荷物を置いてコートを脱いだら準備を開始する。朔はギグバックからギターを取り出してセッティングをはじめ、私もスタジオの端っこを陣取り発声練習前の柔軟体操を始めた。声を出す為に重要なのは喉だけじゃない。喉を起こす為には体を解して温める必要があるの。そうやってしっかり準備しないと声って出ないんだよね。朔がギターを機材へ繋いだり調弦したりするように、私は自分の体を歌える状態へ持って行くのが前準備なの。


「何? 朔もやるの?」


 何を思ったのか、スタンドへギターを置いた朔が歩み寄ってきた。半分冗談で言ったんだけど、真顔の朔が頷く。


「やる」


 短く答えた後で朔がはじめたのは指のストレッチ。続いて腕をほぐし、首を回す。練習前の柔軟体操は、私だけじゃなくてみんなもいつもやっている。でもそれぞれ自分のやり方があるからか個別でやるんだよね。こうやって並んで一緒にやるのは、そういえば初めてだ。


「朔の暇人―」

「うるせぇ。暇だ」


 軽口を叩き合いながら、私と朔は体を解していく。


「おっはよぅ!」


 元気良く入って来た翔平さんが、私と朔を見て首を傾げた。


「二人仲良くストレッチなんてずるいなー。俺もやる!」


 楽しそう! なんて言いながら荷物を置いた翔平さんも私と朔のそばへ寄って来てストレッチ仲間に加わった。

 お互いを手伝っておしゃべりしながら体を動かすのが楽しくていつもより入念にストレッチをしていたら、スタジオへ入って来た旭さんに驚かれちゃった。「揃って何やってんだ?」なんて言って目を丸くした旭さんを勧誘してみたら、口では仕方ないななんて言いながらも仲間へ加わり全員揃ってのストレッチ大会開催! 賑やかな柔軟体操で体も温まり、今度はそれぞれ音出しをはじめる。バラバラに楽器の音が鳴り響く中、私がやるのは発声練習と声出し。それぞれの準備が整うと、旭さんの所へ集まって練習内容の相談をするのがいつもの流れなんだ。

 今日も誰からともなく集まって、ドラムセット越しに旭さんを囲む。


「朔がこの前書いた切ない詞。編曲終わったからそれ、やらないか?」


 旭さんの提案で今日は切ない日に決定! 楽譜を受け取ってからまた個々に別れ、しばらくは個人練習。ある程度練習した所で再び集合して音合わせをはじめた。楽譜を見ながら三人の音をよく聞いて、私は歌う。


「おい。何泣いてんだよ」

「か……感情移入、し過ぎた」


 歌い終わると同時、涙が溢れて零れて止まらなくなっちゃった。ギターを首からぶら下げたままの朔が近付いて来て、袖で乱暴に涙を拭ってくれる。そんなタイミングで、来てはいけない人がやって来てしまった。


「こんにちわ。――ちぃは、誰に泣かされたのかな?」


 般若の笑みを浮かべた洸くんが、笑顔で朔を睨んでる。朔までガラ悪く睨み返しはじめ、焦った私は誤解を解く為口を開いた。


「これは歌に感情移入し過ぎただけで誰の所為でもないんだよ」

「ちぃ、目が腫れるよ」


 駆け寄った私の瞼を、洸くんは指先でそっと撫でた。大丈夫だよって私が笑うとほっとした顔になって、改めて洸くんはみんなに挨拶をする。練習の様子を見たいんだって。それを聞いた朔があからさまに不機嫌そうになったけど旭さんに肘で突つかれて注意され、とりあえず睨むのはやめたみたい。


「ボーカルが泣く程感情移入する曲、俺も聞いてみたいです」

「いやでも……さっき初めて合わせた曲なので、まだ聞かせられる程じゃないんですよね」

「僕には売る売らないの権限はまだ無いので気にしないで練習して下さい。邪魔しないよう、端にいますから」


 旭さんと会話してから、洸くんはスタジオの端にあったパイプ椅子へ腰を下ろした。邪魔しないという言葉の通り、黙ってこちらを見ている。

 旭さんがだいぶ渋ったけど四人で相談した結果、結局もう一度同じ曲を演奏する事になった。


「切ない歌、ですね」


 演奏が終わり、曲を聴いた洸くんは目を伏せ何か考えている様子でそれ以外の言葉を口にしなかった。いつも以上に不機嫌全開の朔はそっぽを向き、翔平さんは何を考えているのかわからない笑みを浮かべて状況を観察している。何か言わなくちゃと焦りながらも言葉が見つからない私は、旭さんの声に救われた。


「初めての俺らの観客を切ない気分にさせたままってのもあれなんで、違う曲も聞いていきませんか? 一人の為だけのプチライブなんてどうよ」


 前半部分は洸くんへのお伺い。後半部分は私達メンバー全員に向けられた言葉。誰も異論は唱えなくて洸くんも嬉しそうに頷いてくれたから、洸くんだけの為に演奏する。レコーディングとかで関係者には聞いてもらっているけどこうやって目の前のお客さんの為に曲を披露するのは初めてで、嬉しくなった。それは私だけじゃなかったみたいで、旭さんも翔平さんも楽しそうに演奏している。朔も、段々不機嫌さがなりを潜めて純粋に楽しんでいたみたい。旭さんチョイスで現状完成している曲のいくつかを私達は披露した。

 最後の曲が終わると、洸くんが立ち上がり笑顔で拍手をしてくれる。


「みなさん、本当に良い音を出しますね。特にギター。十六歳にしては基礎もしっかりしているし、技術もある」

「そう! 朔のギター良いでしょう? 若いのに荒さがないの!」


 私も朔のギターには惚れ込んでいるから、褒め言葉を聞いて舞い上がる程嬉しくなちゃった。


「……うち、親父がギター好きで教室開いてるんです。赤ん坊の時からギターに触ってたらしいんで、そのお陰ですかね」

「なるほどね。後は君がギターを好きだからこその音かな。……皆さんのデビュー、楽しみにしています」


 朔は、不本意そうにしつつも照れていた。

 洸くんがお邪魔しましたってみんなに挨拶して帰る素振りを見せたから、私はお見送りしようと思い後を追う。


「洸くんは、まだお仕事?」


 スタジオを出て扉の閉まる音を聞きながら背中へ声を掛けたら、振り向いた洸くんに捕まり腕の中へ閉じ込められた。微かに震えているのはみんなの音に感動したから? それとも朔の詞の所為?


「最初のバラード、彼が書いたんだろ?」


 腕を回して背中をとんとんしてあげていた私の耳に、小さな声が届いた。そうだよって返事をした私の体を抱く腕がまるで縋り付くように、力が増す。


「洸くん? 何が悲しいの?」


 洸くんは何かが悲しくて、不安になってるんだって感じた。


「彼はちぃをよく見てるね。俺が逆の立場だったらって想像したら、泣きたくなった」

「……泣く?」

「ここでは泣かない。ちぃが選んだ人達。本当に良い音を出してた。ちぃの声も、最高」

「ありがとう」

「今日、また一緒に寝ても良い?」

「いいよ。待ってるね」


 泣きそうに微笑んでから、洸くんは仕事へ戻って行った。その背中を見送り、私は深呼吸で体の中のもやもやを吐き出してからみんなの所へ戻る。わざと勢いを付けてバーンッと扉を開け、満開の笑顔を浮かべる。


「みんなの演奏で歌えるの、私嬉しい! 誘ってくれてありがとう!」


 私の心にも洸くんの心にも、もしかしたら旭さんや翔平さん、朔の心にも何かが芽生えた初めてのプチライブ。三人の音に包まれ歌える喜びを、私は噛み締めた。私の勢いに驚いていたみんなもゆるゆると笑顔になる。


「そもそも、埋れていた俺らを見つけてくれたのは姫だ。お礼言うのはこっち」

「お姫さんがいなかったら、俺らはきっとあのまま諦めてた」

「……千歳。あんたのお陰だよ」


 ありがとうとみんなに言われ、笑い合う。改めて、デビューまでの半年を四人で突っ走ろうと誓い合った。


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